「農こそは国の本なり」、この言葉の語源を探る。

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 「農こそは国の本なり」というフレーズを聞くと頭に浮かぶのは、静岡農学校の校歌です。

 一般的には知名度はありません。

 私は農学校卒業生でありますが、突然校歌を歌えるかと問われても実に怪しい・・・。それでも「青人草」と、「農こそは国の本なり」という言葉はよく覚えています。

 当時は何気なく歌っていましたが、農学史研究を行うようになってこのフレーズに由来があることに気が付きました。

 出典は、安藤圓秀著「農学事始め 駒場雑話」です。

 駒場農学校とは東京帝国大学農事大学の前身です。クラーク博士の札幌農学校(北海道帝国大学大学農学部)と比べると一般に知名度は低いようですが、明治政府が大枚をはたいて外国人を教師に雇い各地の俊才を集めて建設した当時最高峰の農学校のようです。

 駒場農学校の開校式は明治11年1月24日、明治大帝の親臨を仰ぎ奉り行われました。(言葉が難しい・・・)

 この時明治大帝より賜った勅語の中にこの言葉があります。
 勅語

「朕おもうに農は国の本なり物産由てもってふやし生民由てもって富むこれこの学の講せすんはあるべからさるゆえなり今や本校建築おわるを告ぐ朕甚だこれを嘉みし親ら臨んで開校の典をあぐ後来我国産をして益々繁殖ならしめ我国民をして益々富饒(ふじょう)ならしめんことを望む」(本文は旧漢字とカタカナなのでなるだけ読みやすく改変しました)

 短いですが明治大帝の駒場農学校に対する期待が伝わってきます。当時「富国強兵」という言葉がありましたが、明治帝の御心を推察するに「富国賢農」という言葉がしっくりきます。

 静岡農学校の校歌は昭和15年12月に制定されました。作詞者は青山於莵(おと)先生であります。当時県教育会の主事をされており歌人としても名高い方でありました。非常に苦心され作詞されたようです。

 昭和37年静農新聞から青山先生のインタビュー記事を一部抜粋します。
「何か注文はありますかと聞くと、白鳥校長は「何もない」という。そこで農は国の本、という点を強調し誇りを持つようなテーマにしたのだそうである。」


 白鳥吾市校長先生は既に青山先生に対して注文を出されていたようです。「農は国の本」というフレーズを歌詞の中心にすれば、おのずと他のフレーズも決まってくると考えられたのでしょう。

 
 駒場農学校(現東京大学農学部)に賜られた明治帝の勅語は、安倍農学校の後継である静岡農学校にも奉置されております


 

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このページは、yamahiko-farmが2019年2月14日 18:25に書いたブログ記事です。

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