2013年6月アーカイブ

ヒヨドリか?

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 一人黙々とルッコラを定植をしている私の頭上でにぎやかく鳥が鳴く声がします。

 ピーピーといいますか、なんといいますか、野鳥については詳しくないのでよくわかりませんが、とにもかくにもにぎやかい。

 こちらです。

電信柱に鳥.13.06.29.

 こんなに多く鳥が止まることは、稲刈り時のスズメ以来です。

 アップにして見ます。

 關谷銘次郎連隊長の戦死をもち、午前9時静岡歩兵34連隊は師団司令部より全滅と判断されます。

 全滅です。つまり白旗を揚げて降伏しても欧米の常識では不名誉ではありません。

 第3師団司令部大島義昌中将の再編成の命令は、授与するべき上級指揮官がおりませんでした。静岡連隊の将兵には、關谷連隊長の下した最初の命令のみしかありません。

 あちこちの死角を即席の壕としてこもり銃撃戦をするしか方法はありません。

 起伏の少ない首山堡南方高地の斜面です。身を隠すものといえば、砲弾炸裂孔、地形を利用して円匙(えんぴ)で掘った塹壕、そして死体です。

 一番後送したい負傷兵も応急処置のみで炎天下の中放置されていました。無傷の将兵はほとんどいません。皆大なり小なり負傷しています。一旦後退し負傷兵に軍医の手当てを受けさせ、再編成し再度攻勢をとりたいところです。

 当然ですが、駿河人は「いけいけ、どんどん」主義では有りません。常識があります。無駄な犠牲は好みません。(教育レベルが高いですから)

 しかし、陣地奪回を果たした猛り狂うロシア軍が静岡連隊の後退を許しはしませんでした。熊どもは突撃逆襲を行い皆殺しにするつもりであったのですが・・・、生き残りの兵卒が銃撃を行います。首山堡南方陣地では早期に壊乱した第11中隊や第5中隊などの兵卒は集結し土人の墳墓を盾として銃撃を行います。

 その上、野砲兵第3連隊に加えて野砲兵第13連隊が首山堡南方陣地及び西方陣地に向けて猛射を浴びせます。すでに山頂陣地に静岡連隊の将兵は一兵もいないことを知っています。この援護射撃のおかげで熊の逆襲を受けずにすんだといえます。

 その代り、静岡連隊将兵は一兵たりとも後方へ下がることができなくなりました。公刊戦史と内田軍曹の記録を基に地図に記してみます。

首山堡陣地の状況.12.09.10.

 青い丸で囲ったところがロシア軍が確保した陣地です。

 赤い斜線で囲った部分が、ロシア軍の射弾が集中する所です。十字砲火と言うのでしょうか。ロシア軍は距離を測って標識を立ててあります。その距離にあわせて射撃すれば有効弾になるように事前に準備をしておりました。それが確実に機能しております。

 遼陽街道から向陽寺(村名)方向まで這い出る隙間がないくらい密度の高い銃撃です。この時期この包囲網から這出た兵卒は一兵もいませんでした。動くものすべてに猛烈な射撃を浴びせるロシア軍です。(熊どもも駿河兵の突撃が怖いのです・・・・当然です)

 静岡連隊の将兵は袋の鼠となりました。

 このロシア軍の包囲下において、終始立派な態度でおられた橘周多大隊長と駿河人の駿河人らしい姿を内田軍曹の手記より紹介します。

 今年も栽培しております銀泉マクワウリです。(性懲りもなく又栽培しております)

 スーパーでは絶対に良い顔をされない商品です!(静岡では)

 なんでそんな作物に関心を持ったのかというと、農地有効利用の研究の一環です。スイカと共に急傾斜の果樹園を多くもつこの小坂にあう商品作物を探しておりました。その実験にマクワウリを導入したことが最初です。

 私は勿論、大正生まれの私の祖母も私が作るまでマクワウリを食べたことがないのです!

 静岡の食文化にはない作物がマクワウリです。

 ご注文くださいますお客様のおかげで研究を続けられます。誠に感謝申上げます。

 マクワウリをご希望のお客様は必ずご注文ください。注文サイトはこちらです。

 

 

 マクワウリの花が咲いております。

 こちらです。

銀泉マクワウリの花.13.06.29.

 直播栽培です。

 放任栽培です。

 しかし害虫の被害や病害はほとんどありません。

 

 今年は、スイカの記事と共に少ないマクワウリの記事です・・・・。

 どうしても静岡では興味を引かない果実(一応野菜です)であります。

 別に食べてどうこうではなく、ただの食わず嫌いです。

 昨年植えつけた畦の所からまたマクワウリがでてきました。

 楽です!

 この方法は結構使えます。気温が高くないとマクワウリは発芽しないので露地では季節に従順です。なお青二才は常に連作障害を気にするそうですが・・・・問題がでるまで私は気にしません。

 こちらが生育良好な銀泉マクワウリ(在来種)です

銀泉マクワウリ.13.06.28.

 除草剤だけは気をつけます。

 この畦があるところは斜面です。

 斜面を蔓が張っていきます。

 私のほうの予定では、マクワウリの蔓で土壌流出防止と果実で収益を求めることです。土地有効利用の実験です。ただマクワウリの生育初期は確実に雑草を除去しないと失敗します。

 まだ生育しているマクワウリは沢山あります。

 最近驚いたことの一つですが、ロメインレタスの収穫をしていると・・・・持ち上げたロメインレタスからあわてて飛び出すものがあります。

 ・・・・・?。

 アオムシにしてはすばやい動きです。4つ足です。

 飛び出してきたものをよく見ると・・・・「トカゲ」です。

 あわてて姿を隠します。

 今回またそのトカゲと出会いました。

 こちらです。

ロメインレタスとトカゲ.13.06.16.

 今度は慣れたのか余動じません。

 写真を撮るまでじっとしていました。

 私の圃場は、当然ですが農薬や化成肥料を使用しています。しかし、鳥やこれら小動物が良く目に付きます。ハウスの中には相変わらず主と化したヤマカガシが悠々と闊歩しています。

 まあ、農薬や化成肥料ごときで自然を破壊できるほど自然が脆弱ではありませんが。

 

 静かな様で、にぎやかいやまひこ農園の野菜畑です。

 

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野菜、園芸関係のブログ記事リンク集です。

 菜園物語3

 園芸・ガーデニング 

 在来品種・伝統品種 

 トマト大好き 

 スイカの季節

 

 日本農業の振興に多大なる功績があった静岡出身の農学者を紹介した記事です。

日本の農学の基礎を作った陸羽132号の作出者「寺尾博」博士。 

 初生雛鑑別技術の発見者にして世界に名の知れた動物遺伝学者「増井清」博士。 

 

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 静岡34連隊の連隊旗手「中山諭吉」少尉は九州熊本の士族出身です。

 關谷連隊長より藤本連隊(歩兵第33連隊)へ移動するよう命令が下ります。この命に応じて動いたのは連隊旗手の中山少尉のみです。軍旗護衛兵は皆連隊長と行動を共にしようとします。

 慨然とする中山少尉ですが、内心軍旗がなければ自身も關谷連隊長の許に留まりたかったのでしょう。連隊で一番重要な日本の象徴「連隊旗」は敵の手に渡すわけにはいきません。単身連隊旗を捧持して移動します。

 この場合後退も至難です。敵の銃火は連隊旗を持つ中山少尉を捕らえます。400mほど進んだ所で左腰部貫通銃創を負います。敵の銃火を避けて負傷の痛手を休めている所へ軍旗護衛兵である落合嘉平一等兵が来ます。

 回顧録では、連隊長の元を離れることを渋る中山少尉を關谷連隊長が叱咤する記録がありますが、事実は軍旗護衛兵の誰かが關谷連隊長より叱咤されたのでしょう。この落合一等兵がそうなのかもしれません。

 猛烈な敵銃火の中、中山少尉は落合一等兵に、自身の負傷と護衛兵の派遣を連隊長に訴えろと命じます。落合一等兵は命に従い行きますが、中山少尉も連隊長の元に移動しようとします。

 この時再度負傷を負います。右肩甲部に盲貫銃創、左腕に貫通銃創を受け、「連隊長殿、軍旗」と二言叫び人事不省となりました。

 軍旗周囲はロシア軍の弾幕下でありました。

 静岡連隊史ではこの時下田銀蔵一等兵が残り軍旗の監視と中山少尉の手当てを行ったとあります。そこへ折り良く足を負傷した「和田順雄」少尉と少尉を背負った「山本恵作」軍曹と「祖父江小作」伍長が来合わせました。3名がそれぞれご紋章、旗、旗竿に分け旅団本部がある向陽寺へ向かいます。到着は午前10時であります。無事軍旗は旅団本部へ届けられました。

 

 軍旗とはなれた關谷銘次郎連隊長は児玉恕忠旅団長より増援された予備兵力第5中隊の2個小隊を率いて突撃を開始します。

 この日最後の静岡%

 昔(私が生まれるはるか前)は、マルチと言うと透明マルチを指していました。今では黒マルチです。

 生分解性のマルチ(紙、デンプン、分解性ビニール等を使用したもの)も一時期はやりましたが、コストが高くて・・・・主流にはなりませんでした。

 それらの生分解性マルチは専門店やホームセンターで大々的に販売されていましたが、最近は・・・・・目にした記憶がありません。

 それだけ農業となるとコストの概念が重要になってくるようです。(まあ当然ですが)

 昔ながらの資材にも有効な利用方法があります。

 この透明マルチも使い方によってはかなり有効です。

透明マルチ利用法.13.05.25.

 これは張ったばかりの透明マルチです。

 土壌から放出される水蒸気で曇り始めました。

 この日は5月25日です。

 その後どのようになったか。

 帝国陸軍の軍旗は、昭和20年の敗戦まで一度として敵軍に鹵獲されたことがありませんでした。(西南戦争は除外)

 かの名将ナポレオン将軍の部隊ですら敵軍に軍旗を鹵獲されているのです。負け戦の渦中にあって日本陸軍の部隊は軍旗だけは特別な配慮をなしたようです。

 軍旗(連隊旗)は天皇陛下より拝受したものであります。日本そのものともいえます。

 こちらが明治末期、大島虎毅連隊長の時に撮影された静岡34連隊の軍旗であります。

静岡34連隊軍旗.12.09.06.

 まだこの時には布地が残っております。

 日露戦争緒戦の徳利寺の開戦で敵の一弾が軍旗を傷つけたのが最初です。そして首山堡の戦いでここまでになったと思います。

 

 首山堡南方高地の山頂陣地はロシア軍のものとなりました。橘大隊長の後をついで第2大隊大隊長「鈴木則柯」少佐が指揮を執りましたが、ロシア軍の増援に次ぐ増援に抗し切れなかったのでしょう。

 こちらは2個大隊とはいいますが実数は1個大隊半です。兵力は約1500名。

 ロシア軍はこの首山堡南方陣地に対して5個大隊半・・・・約5,500名の兵力を投入したのです。簡単な算数です。

 将校の多くは死傷し、兵卒はそこここに固まる小集団となりました。それでも目前の敵に銃火を放つ意気は保持していたようです。熊の突撃だけは防げましたが、陣地奪回は完全に不可能となりました。

 弱兵の評がある駿河兵でありますが負傷兵以外の後退者はなく、健気にも踏みとどまって戦線を支えています。敵部隊をこの地に留めて置くためです。

 連隊長關谷銘次郎大佐は最後の決断をします。

 児玉恕忠旅団長より増援を受けた予備兵力、第5中隊の2個小隊とともに首山堡陣地に対して突撃をかけます。

 時は午前8時すぎです。

お前は一体誰なんだ?

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 ステックセニュールの出荷が始まりました。

 収穫していて、「・・・・・?」と思うようなブロッコリーが2株でてきました。

 こちらです。

ステックセニョール・・・?.13.06.25.

 どうみてもステックセニョールではありません。

 黄色です!

 こんなブロッコリーは初めてです!

 アップにして見ます。

 静岡34連隊第1大隊が首山堡南方陣地を占拠したのは、午前5時45分(公刊戦史より)です。

 ロシア軍に奪回されたのは、午前6時30分ごろ(公刊戦史より)です。僅か1時間に満たない占領でした。

 この事は前線に近い黒牛荘北方高地に陣を敷いていた第3師団司令部より観察されていたのでしょう。また、前線で戦っている静岡連隊第3大隊及び第6連隊が首山堡南方方面よりの銃撃が始まったことで理解されました。それまでは、そちらの方面よりの攻撃が全くなかったからです。

 ロシア軍司令部はかなり優秀であると判断されます。陣地線の一部が占領されると即座に予備兵力を集め奪回を企図します。すばやい処置であるといえます。ただ、日本陸軍の指揮官のほうがより優秀であるだけです。静岡34連隊は陽動部隊であるのです。敵部隊を吸引することが任務なのです。

 兵法の基本は、兵力に疎密をつけることです。敵の寡兵にこちらは大軍で攻めることが常道です。ロシア軍第1軍団首脳部は誤認しました。静岡連隊に大軍を当てた事は間違いではないのですが、他の戦線が手薄になりました。

 第3師団の主攻撃目標は北大山です。この方面で寡兵となったロシア軍に対して1個師団以上の兵力を持って攻撃をかけます。(第3師団の3個連隊及び第5師団の一部)。

 一度配備され戦闘を開始した部隊は他の方面への転用は難しくなります。当たり前の話ですが、1人や2人の人数では有りません。1千名単位の部隊でありますので、確実に敵の脅威がなくなったと判断されるまでは転用は不可能です。

 愉快であります。シベリア第1軍団の2個師団の兵力のうち1個旅団強の兵力を1個連隊が引受けたのですから。他の戦線への影響はかなりのものです。

 ・・・・・・しかし、遂に静岡連隊の勇戦奮闘も限界を迎えます。

 

 

 橘大隊長が腰に砲弾片を受けて倒れられます。大隊の指揮は第6、第7中隊に続いて到着した第2大隊長「鈴木則柯」少佐が執ります。

 2個中隊の増援を受け熊の攻勢を跳ね返します。

 しかし、それまで第1大隊の士気を維持してきた勇将、橘大隊長と中村昌中尉を戦線から失う大打撃を受けました。

 中村第4中隊長代理は、足だけでなく胸部にも銃弾を受けていました。ご当人の記録には触れてありませんでしたが、状況的に夕暮れまで首山堡南方陣地の斜面死角におられたと想像しています。

 橘大隊長は、右手に銃剣による裂傷、左手には銃弾を受けています(指を何本か飛ばしています)そして、腹部に貫通銃創を受けています。その上に砲断片を腰部に受けたわけです。(砲断片による外傷はなし)。

 近年発行された日露戦争関係の書籍には、橘大隊長は砲弾片を受けて腰が砕かれたと記載されたものがありますが・・・・内田軍曹の手記に目を通したほうが良いでしょう。調査不十分であります。まだこの時点では意識もしっかりしており、歩行にも支障はありませんでした。ただ、この砲弾片の打撲傷がその後橘大隊長を苦しめる傷となりました。

 勇敢な将校とその意気に答えるように奮戦する多くの駿河兵の犠牲により、ロシア第1軍団長シタケリベルグ中将の関心はこの首山堡南方高地に引付けられてきます。

 この首山堡南方陣地こそ日本軍の主攻撃目標であると判断したのです。

 第3師団司令部の作戦が成功しつつあります。

 敵将シタケリベルグ中将は予備兵力を首山堡南方陣地に集結させます。公刊戦史を参考にしてその兵力を計算してみます。

 ただ、僅か1個連隊兵力にぶつけるにはあまりにも過剰な兵力であります。

 ・・・・・敵兵力を吸引した代償は、岳南健児(駿河人のこと)の命であります。

 

 梅雨時です。悪天候が重なりますが幸いなことに今の所ロメインレタスの生育は順調です。

 現在の所・・・・一時的に出荷量が減っておりますが順次回復いたします。

 こちらがやまひこ農園で生育中のロメインレタスの様子です。

ロメインレタスの生育.13.06.24.

 綺麗に育ってくれています。

 よくみると・・・・ハモグリが絵をかいてくれていますが・・・このくらいは許容範囲です。(葉をむしるだけ)

 試しの収穫をして見ますがもう少しおいてから収穫本番です。

 

「やまひこサラダセット」販売ようやく販売を開始いたしました。リンクはこちらです。

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野菜レシピ記事リンク集

 茎ブロッコリーの代名詞「ステックセニョール」の収穫が始まりました!!!

 長かった・・・・、販売品目の調整もあっていろいろと面倒なことが多いときですが、品目が多くなることはありがたいことであります。

 こちらが収穫直前のステックセニョールです。

ステックセニョール.13.06.23.

 普通のブロッコリーとはちょいと違います。

 もちろん花を咲かせる前に収穫します。

 収穫した状態は・・・・・、

 上空では榴散弾が散弾の雨をふらせ、地表では榴弾が炸裂する、そのただ中で行われた熊との白兵戦です。

 僅か70名余の静岡連隊第1大隊の兵卒です。

 少数と看破され、一蹴しようかと攻めてくる熊の大軍です。ようやくこちらにも援軍が到着しました。

 第2線に配置されていた、第2大隊の第6、第7中隊です。(第5中隊は旅団予備になっており、第8中隊は予備隊として野砲兵第3連隊の警備についていました。よってこの時点で第2大隊は2個中隊の戦力しか持っていませんでした。)

 2個中隊、約400名の増援です。この増援を得て熊に対して反撃を開始します。

 熊の攻勢は正面からだけではありません。日本軍右翼の方向・・・つまり北大山の方角より攻撃をかけてきました。時間から考えてクラウゼ少将指揮下の部隊にほかなりません。(中村中尉の記録より)

 山頂陣地正面と右翼より攻勢をかけられ戦線が崩れるかと思われる時、増援部隊の反撃が功を奏して熊は退却します。

 しかし、これまで橘大隊長の右腕として前線指揮を取っていた勇敢無比なる「中村昌」中尉は負傷されます。そして、橘大隊長も砲断片をうけ倒れます。

 ついに第1大隊は中隊長以上の指揮官をすべて失いました。

 首山堡南方高地争奪戦末期のお話です。

 

 現在販売中のリーフレタス(島チシャ)です。

 沖縄原産の在来リーフレタスです。そのため・・・・形が不揃いです。(在来種の欠点)。この点を改良中です。

 夏に向かって生育良好なレタスが島チシャであります。

 こちらが生育中のリーフレタス(島チシャ)です。

リーフレタス(島チシャ).13.06.21.

 サンチュと同じように焼肉を包んで食べると非常に美味しいレタスです!。

 来週にはHPにて販売開始予定です。

 静岡市ではつぎの店舗で販売しております。

 首山堡南方高地の戦いは、山頂陣地を占領するまでも大激戦でしたが、真の戦いは山頂陣地においてのものです。

 ロシア軍の1部隊でも多くの部隊をこの首山堡南方高地に引付けなくてはなりません。

 僅か70名までも撃ち減らされた静岡34連隊第1大隊の将兵は陣地奪回を企図するロシア兵を迎え撃ちます。

 一派、二派と何とか熊の猛攻を撃退していきますが、こちらの損害も甚大です。散らばっていた第1大隊の将兵も集まってきますが、消耗のほうが激しく兵員数は増加しません。

 それでも頑強に抵抗し後退する気配を見せない静岡連隊の将兵に対して、業を煮やした熊どもは砲撃を行います。

 猛砲撃です!。敵も味方もお構いなく一掃しようかと思われるほどの無差別な砲撃が始まりました。それをみた日本軍砲兵部隊も砲撃を開始します。

 太陽は昇り周囲は光に照らされます。首山堡南方高地は日露両軍の砲弾が雨のように降りそそぎ多くの将兵を吹き飛ばしていきます。

 その中で端然と指揮をとる橘周多大隊長がおり、4名の将校が檄を飛ばし、羅刹のごとく奮戦するわずか70名の駿河兵がいました。

 そこへ第2線に有った無傷の第2大隊の2個中隊、第6、第7中隊が増援にきました。約400名の増援です。窮地の中増援を得て士気揚がる静岡連隊第1大隊の将兵です・・・・・・・しかし熊は更に援軍を得て猛攻をかけてきました。

 この砲弾雨下の戦闘は、黒牛荘(村名)北方に陣を置いた第3師団司令部より観望されたそうです。

 日本軍の砲撃は野砲兵第3連隊(第1大隊欠)により行われました。

 ただ今栽培しているロメインレタスは購入した種子を使用しています。

 自家採種自体に執着はそれほどないのですが、現在販売されている野菜F1品種の種子はほとんど外国産の輸入品です

 育種自体は日本国内の研究農場にて行われているのでしょうが、生産は外国の採種専門の会社に委託しているのが・・・・・現状です。(つまり親品種は外国の会社に渡しているということです)

 種苗会社がどのように考えているか関心はありませんが、一農家としてはあまり面白いと感じるようなお話ではありません。どのみち栽培していてみると、どの野菜品種についてもカタログに記載されている宣伝文はあまり当てになりません。

 栽培地の環境と耕作者の特性による所が大きいようです。昔に比べて品種の絶対性が薄れてきたようです。これはどこの会社の品種も似通ってきたことと選抜地の環境が大きく影響していることだと考えられます。

 私の住む小坂の環境にあった品種や経営にあった品種は、種苗会社が育種をしてくれるわけはありません。この点でも自分で品種改良に取り組んでいく必要性が出てきます。

 これらもろもろの理由でやまひこ農園では品種改良・自家採種に取り組んでいるわけであります。ロメインレタスだけではなくルッコラ、バジル、リーフレタス(島チシャ)、ビート(ビーツ)、果菜類では、トマト(ピュアスイート®ミニトマト、ピュアエンジェルミニトマト、ピュアオレンジミニトマト、ピュアブラックミニトマトなど)、マクワウリetcです。

 並べてみると結構ありますが、まあ地道に取り組んでおります。

 さて、先日紹介したロメインレタスの花です。

ロメインレタスの花.13.06.02.

 写真撮影後切り取ってハウス内で乾燥させておきました。

 花が終わってきているのでぐずぐずしていると綿毛が出てきて飛んで行ってしまいます。

 ハウス内で乾燥させたロメインレタスの花は数日するとこうなります。

 現在精力を挙げて増産中のロメインレタスです。(もちろんルッコラも増産中)

 生産・出荷に追われてブログの更新も思うように出来ない状況でございます。(ありがたいような・・・・)

 さて、ただ今栽培しているロメインレタスは購入種子のものです。時々他の品種が混じることがありますが、そのような場合は除去します。

 購入種子にも他の種が混じることがあるのですから自家採種はままあってもおかしくはありません。私の圃場では、ロメインレタスのほかにコスレタス(ロメインレタスのような立性のレタス)がないのでその点品種の混在は心配ありません。

 こちらがオリジナルのロメインレタスです。

ロメインレタス.13.06.15.

 この形が普通です。

 半結球の状態で出荷されますが、私の方法は基本的に結球させません。葉1枚1枚に日を当てる作り方のほうが好きです。

 変わった形のロメインレタスはこちらです。

 ようやく出荷を始めますやまひこ農園のリーフレタス「島チシャ」です。

 お肉を包んで食べると最高のリーフレタスです。サンチュと同じ利用方法であります。

 リーフレタス(島チシャ)の状態はかなり前から出荷可能の状態でしたが、私の体がついていかない・・・・・。(出荷量が増えているので・・・・体が持たない・・・・。)

 生産から出荷まで一生懸命です。(早く何とかしないと)

 

 さて、こちらが焼肉と相性抜群のリーフレタス(島チシャ)です。

リーフレタス(島チシャ).13.06.16.

 沖縄原産の在来レタスです。まだ詳細な調査はしておりませんが、朝鮮のサンチュと親戚になるのではないかと考えています。利用法も同じですので。

 このリーフレタスの葉を、1枚1枚収穫していきます。このようなレタスの別名は「かきチシャ」です。葉をかいて収穫していくのでその名がつきました。

 収穫した状態はこちらです。

 スイカの栽培法をまとめてありますが今年はスイカの記事が少なくて失礼します。

 私の希望とは裏腹に収益にならない野菜がスイカでございます。今年はあくまで品種維持の為少量の栽培をすることにしてあります。既に「三笠」は植えつけましたが、昨年採種を行った所から三笠が生育しておりました。

 こちらです。

直播スイカ栽培三笠.13.06.15.

 隣にはスティクセニョールが植えてあります。先日除草剤をかけているときに気が付いて薬剤がかからないようにしておきました。(どの道採種専用です)

 ステックセニョールのほうに蔓が行かないように注意する必要がありますが、直播スイカでありますので強靭なる生命力で後の管理が楽であります。

 子蔓の出方を見てみます。

 せっかく有力な予備兵力を手に入れたと思ったら・・・・・、すぐに引き戻された気の毒なシベリア第1軍団軍団長「シタケリベルク中将」です。(8月30日、首山堡戦前日のお話です)

 本当に日本軍には幸いです。シベリア第1軍団の2個師団の兵力であれだけの悪戦をしたのですから・・・・、もしクロパトキン将軍の派遣した予備兵力(歩兵1個師団強、砲兵1個旅団弱)が首山堡陣地群に配備されていれば、1日で突破することができない可能性が非常に高くなります。(不可能ではないのかもしれませんが)

 

 目前で日本軍が展開し戦闘準備をしているのですからシタケリベルク中将も落ち込んではいられません。特にロシア軍左翼方面に日本軍の姫路第10師団が攻撃をかけてきたのですから総攻撃間近と見てよいのでしょう。

 即座に首山堡正面陣地の守備隊に予備兵力を送ります。(この時はまだクロパトキン将軍の援軍を当てにしていたようです)

 我らが静岡連隊に関係のある陣地に対する援軍について列挙していきます。

首山堡陣地地名.12.08.29.

 公刊戦史の地図です。

 この配備図は8月29日のものです。初期配置です。

 この陣地正面展開している部隊の補強に予備兵力を送りました。

 赤線が引いてある地名は「方家屯」(ほうかとん)・・・読み方が正しいか?

 青線を引いてある地名は「新立屯」(しんりっとん)・・・同上。

 水色の線を引いてある地名は「北大山」(きたたいさん)です。ここが第3師団及び右翼にある第5師団の一部が攻撃目標とした要所です。

 紫の丸で囲んであるところが、我らの静岡連隊が攻撃をかけた「首山堡南方高地」です。標高148mでありますから、「148高地」と呼ばれても良いのですが203高地と比べてインパクトがないので首山堡南方高地と呼びます。(まあ、首山堡だけでも良いのですが正確さにかけるので)

 なお、静岡連隊の左翼は、日の本の国最強兵団と呼んでも間違いのない「熊本第6師団」です。レーシ大佐が守備する陣地に攻撃をかけました。こちらの方面は静岡連隊の戦闘とあまり関係がないので詳細な調査はしておりません。(この師団で突破できない陣地はどこの師団が攻撃しても駄目です)

 さて、シタケリベルク中将が派遣した予備兵力はどのようなものでありましたか。

 こぼれ種より生育していたディルが開花を始めました。

 ディルは採種をしていましたが保存が利かない種なので、古ダネはすべて処分しました。

 以前付き合いのあったレストランより要望があり生産しましたが・・・・製品ができたときには「もういりません」でした。(何を考えて注文を出したのか?)

 そのため生産を中止しなくてはならなくなり、せっかく育てたディルを引き抜きましたが、せめて形見の種をと採種したのが運のつき。

 時期になると勝手に生えてきます。

 ここは育苗場所でもあるので除草剤も簡単に使えません。手取り除草です・・・・。

 まあ、採種には手間がかかりませんが。

ディルの花.13.06.14.

 黄色の花が咲きます。

 このように花が咲くときには丈が高くなります。 

 アップにします。

 世間はいまだにデフレでございます。(素人にはそう見える)

 しかし、静岡地域にはスーパーが乱立の状態です!!!(そんなスーパーが儲かるのか?)

 吸収・合併などを繰り返して、大きい所(会社)何社かに集約されてきたようですが、店舗数はかなりのもの。

 ひどい所は目視できるところに店舗があります。オーバーな言い方をすれば一時期の「コンビニ」並みです。

 農協の無能連中も経営には自信がないので(Aコープと言うスーパーをやっていたが黒字に出来ないでおしゃかにしました・・・・責任は誰が取るのだ)、リスク無しの農家直売店「じまん市」を作り農家よりショバ代を巻き上げて喜んでおります。しかし、世間一般的な認識力のある人間より見た場合、無責任素人経営の農協じまん市が歴戦のスーパー(大規模小売店)経営陣(組織)の敵ではありません。

 さて、やまひこ農園ではこのような状況下ネット販売、飲食店卸しそしてスーパーでの販売に力を入れております。少なくとも農家の生存を脅かす農協だけは利用しないように経営を行っております。

 最近特にスーパーのほうも競争が激化してきましたので、販売店舗数を増やしました。

 マークイズ、グラッテ大谷店に加えて、マックスバリュ曲金店、マックスバリュ登呂店です。

 販売商品はこちらです。

 昨日夜パソコンを立ち上げると、デスクトップ画面で勝手に再起動を始めます。

 何度行っても再起動です。

 腹が立つのでデスクトップ画面が出るとすかさず、インターネットエクスプローラーのアイコンをクリックしても・・・・再起動です。

 これでは放置しておいたらどうだろうかと認証画面で放置しておいたら・・・・・再起動です。

 

 何をしても再起動です・・・・Orz。(人生の再起動だけは御免です・・・・もう一度人生やり直したくはありません。)

 POPも作らなくてはならないのに、なぜこんなに仕事が増えるのかとぼやきながら知人に電話をして対策を聞いて、本日行きつけのパソコンショップへ修理に出しました。(ついに新品か・・・・・)

 すぐに直りました。

 原因は対ウイルスソフトの不具合でありました。

 よかったです。余計な仕事が増えずにすみました。

 今夜はPOP作りに頑張ります。

 

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 梅雨の季節になりました。今の所空梅雨のような予感がいたしますが・・・・どうでしょうか。

 私のところの圃場は、ハウス隣の野菜畑に関しては井戸があるので潅水に関して問題はありませんが、他の畑は・・・・雨水が頼りです。

 まあ昨年のように台風で2回ハウスが飛ばされなければ良いのですが、潅水に1日中走り回るのも御免です。

 さて、やまひこ農園の販売野菜品目の中で人気がでてきたの「ビート(ビーツ)」です。以外です。穴馬です。

 急遽増産を決定して栽培いたしました。やっと収穫開始です。

 こちらがビート(ビーツ)の現在の生育状況です。

ビート(ビーツ)の生育.13.06.11.

 ビート(ビーツ)に付く害虫で最悪な奴は「ダンゴ虫」です。

 今までそれほど注意していませんでしたが、数年前より私の中では要防除害虫の一つです。スイカの双葉もこいつにやられます。

 「風の谷のナウシカ」にでてくる「王蟲」そのものです。大発生します。

 そのために腐海除去の為透明マルチを採用しました。ダンゴ虫の野郎は光を嫌います。透明マルチなら消毒しなくてもダンゴ虫防除ができます。楽です!。

 アップでよく見てみます。

 販売品目も安定して揃ってまいりました。

 先日親戚Mさんが私の圃場に来て曰、

 「こんなに葉物があって虫がいないのか!」

 かなり害虫の被害には気を使って管理をしております。除草と言うよりも防草管理です。害虫の隠れ場所を少なくする為に瓦礫や枯れ草を除いてきました。施肥管理も生育段階ごとの追肥を主にしております。

 農薬に頼る方法だけでは限界があります。

 全く害虫がいないわけではありませんが、今の所問題ない密度で済んでおります。

 このような環境下で生育しております、「ルッコラ」です。

 ルッコラ.13.06.09.

 市販されているものが水耕栽培のものが主ですが、こちらは土耕栽培です。

 軟弱に育てても良いのですが、日持ちや香り、食味が良いのでがっしり育てます。

 ルッコラサラダに良く合うドレッシングはゴマが入っているものです。どれでもゴマが入っていると良く合います。(ルッコラ自体ゴマの風味がしますが)

 現在の所静岡ではマークイズ・グラッテ大谷店にて販売いたしております。

 

「やまひこサラダセット」販売ようやく販売を開始いたしました。リンクはこちらです。

やまひこサラダセット販売ページ

 

業務用としてご入用の方はこちらまでお問い合わせください。

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野菜レシピ記事リンク集

 現在、ロメインレタス、ルッコラ、ビート、オカワカメ・・・とハーブを少々出荷しております。(トマトも出荷できそうですが・・・・暇が)

 もう少しで、焼肉を包んで食べると美味しいリーフレタス(島チシャ)が出荷できそうです。

 そのような状況下生育を一段と早めようというだけでなく、野菜の食味向上の為追肥を行います。

 配合肥料や粒状の化成肥料をバラバラまくわけではありません。自作の有機液肥と尿素、塩加を混合し希釈して土壌潅注します。(葉面散布程度の量ではありません!)

 このような感じで行います。

土壌潅注.13.06.08.

 消毒用の筒先(墳口は取ります)で1本1本潅注するのは手間がかかりますが、このやり方のほうが合理的です。(写真の野菜はステックセニョールです)

 ポンプで上から潅水するようにかけても良いのですが、通路の草が元気よく生長してしまいます。(あいつら肥料を吸収すると急激に生長します)。無駄が多いのでこの方法です。

 葉面散布と比べると比較にならないくらい量を多く与えられます。(葉にかかっても薬害が出ないように調整してあります)。簡単です。

 調合の様子を紹介します。

 ようやく量産体制が整いつつあるビート(ビーツ)であります。

 一般的には、ミックスベビーリーフの中に入っているベビーリーフの一つでございますが、やまひこ農園では単品で販売いたします。

 ホウレンソウと同じアカザ科の植物ですが、ホウレンソウとは異なりアクがなく生のまま食感・味を楽しむことができる野菜です。

 こちらが袋詰め前のビート(ビーツ)です。

ビート(ビーツ).13.06.07.

 テーブルビートとも呼ばれます。赤い色素がアントシアニンです。

 農学の分野では(といっても最近は?)、ビートといいますと北海道で栽培されている砂糖を取る「テンサイ」(砂糖大根)のことを思い浮かべます。もちろん同じアカザ科です。

 現在栽培されているテンサイは含糖量と収量を増やす為に三倍体種子を使用していますが、このテーブルビート(ビーツ)は通常の2倍体です。(3倍体では自家採種できません)

 ビート(ビーツ)の出荷形態はこちらです。

 首山堡陣地群を守備しているロシア軍部隊は「シタケリベルク中将」指揮下のシベリア第1軍団です。歩兵2個師団が基幹部隊です。

 シタケリベルグ中将も日本軍の攻撃が激しさを増すことにより総司令官のクロパトキン将軍に対して援軍の要請を行います。

 ここでふと考えるのですが、クロパトキン将軍はロシア軍左翼に大迂回を仕掛けてきた黒木第1軍を最初に攻撃するつもりではなかったか。欧米の観戦武官が「成功の可能性は数%」と称した黒木第1軍の大迂回攻撃です。この時第1軍の兵力は僅か2個師団弱です。

 首山堡には日本軍に兵力では劣る2個師団の兵力を配備しておりましたが、首山堡陣地の堅固さから3倍の兵力(6個師団相当)と互角に戦えるとの判断があったのではないか。首山堡で黒木第1軍を壊滅させるまで時間稼ぎをしてくれればそれで十分であります。

 ロシアきっての名将クロパトキン将軍の各個撃破作戦が成功するか、我らが日本軍が首山堡陣地群を突破するか二つに一つであります。どう考えても黒木第1軍の兵力では多大の期待はかけられません。2個師団弱です(近衛師団と仙台第二師団の一部を残していきました)。

 主攻撃は第2・4軍が担当する首山堡陣地群です。(と判断しています)

 8月30日早朝より姫路第10師団の攻撃はかなりシタケリベルグ中将に対して心理的圧力をかけたようです。中将は即座に援軍要請をクロパトキン将軍に送ります。

 日本軍の多方面からの攻撃にクロパトキン将軍も軍予備兵力よりシベリア第1軍団、シベリア第3軍団に対して援軍を送ります。

 シベリア第1軍団に対して送られた兵力はかなりのものです。

 私の畑には人間以外はよく遊びに来ます。(ニンゲンの中には泥棒がいるので・・・)

 セキレイはおなじみですが、餌はやりませんがハトが最近よく来るようになりました。

 こちらです。

採種畑にハトが.13.06.05.

 ハトが何かをついばんでおります。

 ここは元在来コカブの採種地であります。

 コカブのこぼれダネを拾っているのでしょう。

 アップにして見ます。

 日露戦争遼陽会戦の研究もそれなりに深くなってきております。

 首山堡の激戦にて、なにゆえ日の本の国最弱の兵(実績なし)であったはずの駿河兵が、歴戦の列強観戦武官をも感激させた勇戦奮闘を遂げたことに端を発した調査であります。

 そんなに凄まじい戦いをしたのかと、疑問に思ってもわかりやすく書かれた資料がないので(又はうそを平気で記載している研究者もいるから驚きです)、一次資料を収集して、信頼できる研究者の資料を参照してまとめております。

 さて、遼陽の戦いでは猛烈な砲撃戦が日露両群の間で展開されました。

 「砲兵が耕し、歩兵が進む」です。定石どおりの火力戦です。

 しかし、この時の砲撃戦で使用された砲弾は多くが「榴散弾」でありました。このことを紹介してくれた資料は兵頭二十八先生の「有坂銃」であります。(私は初版本を東京で購入しました・・・はるか昔の話です)

 そうです大日本帝国陸軍砲兵連隊の装備している野砲は、有坂成章大佐(当時)が設計したものです。

 当時の野砲は基本的に「榴散弾」を発射する砲の事を指しました。現在主流の「榴弾」ではありません。

 こちらが榴散弾の図です。昭和17年の「科学朝日」2月号より拝借しました。

榴散弾.12.09.25.

 これが榴散弾です。

 内部の中心管に詰められている点火薬が発射の時に着火して導火線のように燃え一定長さ(時間)で内部の炸薬に引火し空中で炸裂します。

 中心管内部の点火薬が燃えながら飛んでいくので、曳火(えいか)射撃と呼ばれます。

 この砲弾がどのように敵軍へ被害をもたらすのか。

 ようやく花を咲かせたビート(ビーツ)を片付け終り、古いマルチを剥して、畦の両脇に溝を掘り、後は草木灰と燐安を撒いてレーキをかければ終りだと・・・思っていたら。

 調整済みの草木灰の在庫がない!

 そういえば沢山あるからと気前よく散布していたことを思い出しました。

 草木灰を作ることは難しいことではありませんが、安全のため釘などの金属片を除くために2回ふるいをかけます。(もちろん消し炭も出します)

 こちらの作業が面倒です。ただひたすら篩いを篩います。根気が要ります。

 仕方がないので畑で草木灰を調整しながら散布します。

ビーツ畑に草木灰.13.06.05.

 右側の畦は以前定植したビート(ビーツ)です。もう収穫始められそうです。

 左側には溝堀のときに出た石が集められています。作業終了後一輪車で園地外へ石を出します。重要な作業です。

 この畦に満足に散布する草木灰の量は・・・・散布用の容器3杯分です。

 花ばかり紹介しておりますが・・・・実は農作業が大変で簡単に記事ができるものが必要です。

 花の紹介は楽に記事を書けます。

 正直に申上げればそういうことであります・・・・・Orz。

 ビートの花が咲きました。(といっても、とっくから咲いています)

ビート(ビーツ)の花.13.06.04.

 隣には先日定植したビートが見えます。

 本日はこちらの畦を綺麗にする為に片付けます。

 ホウレンソウと同じアカザ科ですが、ビートは冬を過ごさなくてはトウ立ちしません。2年草と呼ばれます。

 暑い季節には無理にホウレンソウを作らなくてもビートで十分ではないかと考えておりますが・・・・・。まあいいか。

 よくイタリアンパセリをみて思うのですが、イタリアンパセリは花を持ちやすい植物なのか、それとも私管理が悪いのか?

 そのくらい時を選ばずよく花を咲かせます。

 ようやく収穫できるなあと思う頃には・・・・とうが立ってきて花を咲かせます。

 こちらがそのイタリアンパセリです。

イタリアンパセリの花.13.06.03.

 野菜の栽培については基本的にあまり調べません。(もっとも素人ではないので知識はそれなりにあります)。実物を観察することによりより知識が実についてきます。本で読むよりもてきめんです。もちろん疑問を持ってから詳細な調査を行うことはいうまでもありません。

 ただ、このイタリアンパセリだけは憎たらしいやつです。同じように発芽したイタリアンパセリ3株とも形は異なりますがトウ立ちします。(この野郎め)

 やまひこ農園で一番長い自家採種の歴史を持つハーブ「バジル」です。

 私の家は昔から果樹を専門にする農家であります。静岡の団塊の世代には有名でありますが「小坂ミカン」は静岡を代表する最優良ミカンとして全国的に名が知れた産地でありました。

 時代は流れて・・・・世代交代と共に落ちぶれましたが、私の祖父は梅を代換果樹として「梅」を取り入れました。その梅を梅干にするために必要なものが「シソ」です。このシソを私の家では自家採種を行っておりました。

 同じシソ科の野菜である「バジル」を私が自家採種を行うことは別に自然の成り行きであります。

 昔からの農家にとっては難易度の高い作業ではないのであります。どちらかと言うと野菜を専門とする農家のほうが自家採種に抵抗があるようです。果樹農家のほうが農業技術の幅が広いといえます。

 こちらが発芽を始めたバジルの双葉です。

バジルの発芽.13.05.30.

 農薬を散布していなかったので、ハモグリバエに刺されたあとが黒く残っています。ハーブにも害虫は付きます。

 サラダなど食用にする場合は、必ず窒素肥料が効いていないと食べたときに美味しいと感じません。これを農家では「肥が効いている」といいます。

 夏場に採種する予定のロメインレタスですが露地で残しておいた数株、トウ立ちを始めたので様子を見ようとそのまま放置しておきました。(圃場にそれでも余裕があるので可能です!)

 花を持ち、咲き始めてきました。

 珍しいロメインレタスのはなです。こちらです。

ロメインレタスの花.13.06.02.

 ごちゃごちゃしておりますが、タンポポみたいな花が咲きます。(大きくはありませんが)

 綿毛がでて風で飛ばされていきます。(早く採種しないと畑のあちこちでロメインレタスが芽を出します)

 アップにして見ます。

 やまひこ農園で自家採種を行っておりますルッコラの播種です。

 ルッコラは同じアブラナ科の小松菜(ナッパの総称)やキャベツに比べて虫が付きにくい特徴がありますが、虫は付きます!。

 そのためにロメインレタスと同様、過保護のようですがセルトレーに播種して育苗し圃場に定植します。

 できる限り害虫との接触を避けるようにします。

 こちらがルッコラを播種したセルトレーです。

ルッコラの播種.13.06.01.

 自作の培土に播種したごま塩のようなルッコラの種子が見えます。

 やまひこ農園で使用している培土生産の記事です。

山土で育苗培土生産!!!。

山土で育苗培土生産(その2)!!!。

 

 種子も資材も自家生産です!。小坂の自然を生かした農法です。

 

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