国立遺伝学研究所と増井清博士と岡崎令治博士。

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 我らの増井博士が設立に関係された国立遺伝学研究所であります。こちらの設立に関して少々紹介してまいりましたが増井博士の記述が少なくなるにしたがって現在更新休止中です。

 こちらは遺伝学研究所が出きるまでの記事をまとめたリンクです。

遺伝学研究所が出来るまで 

 

 増井博士ご自身あまり自分の仕事を語らない方なので、弟子に当たる方の記録にもあまり出てきません。

 第一増井博士の自慢話とされるお話が、三島遺伝研の用地買収に関係した農家との交渉話です。この状況はノモンハンの帰還兵である宮本さんも記録を残されております、学生紛争の頃の団交なんて屁でもないような恐ろしい団体交渉でしたが、増井博士は話をまとめられたうえに百姓より礼まで言われて帰ってきました。我らが増井清は実直に生きている人間より好かれるタイプの人物である証左です。

 様々な苦難と多くの方の助力が実って設立された国立遺伝学研究所ですが、増井博士の関係された頃とは異なり現在では「分子生物学」が主流となっております。

 私も一応農獣医学部で分子生物学を習ったわけですが・・・・・さっぱり要領を得ません。大体何が面白くてあんな学問を行うのか疑問にすら思ったほどです。(頭が悪いとはこういうことかOrz)。あのー「分子遺伝学」と「分子生物学」はどう違うのですか?

 増井博士の頃は、作物・種鶏の品種改良が急務でした。最近は医学や薬学の分野にまで応用のきく「分子生物学」が基礎科学として重要度がましたと言うところでしょう。

 分子生物学といえば遺伝学研究所のHPでも紹介されておりますが、名古屋大学理学部の「岡崎令治」博士の研究が非常に有名です。

 名古屋大学です!

 我らが増井博士に対してヘビを仕掛けた名古屋大学農学部ではなく、名古屋大学理学部の岡崎研究室が世界に先駆けて発見したものこそが「岡崎フラグメント」であります。

 名古屋大学農学部設立に関係した増井博士と名古屋大学生え抜きの岡崎博士の二人、顔をあわせたことはあるのかないのか分かりませんが、遺伝学研究所においても関係しているようです。

 こちらは2000年に発行された「実験医学」にあります、「岡崎博士の業績を讃えて」と題した杉野明雄博士の寄稿より写真を拝借しました。

 

岡崎令治博士.13.05.18. 杉野博士の寄稿を拝見していて、「岡崎フラグメント」と簡単に口にしておりますが実に苦難の物語でございます。

 岡崎フラグメントの発見は1965年(昭和40年)ですが、世界的な研究に昇華するのは1980年代半ば(昭和50年代)であります。岡崎令治博士亡き後、奥様の岡崎恒子博士の研究によるものであります。 

 こちらは岡崎研究室のメンバーの写真です。

岡崎フラグメント研究チーム.13.05.18.

  中央が、岡崎令治博士。左より、黒田律さん、岡崎恒子博士、杉本和則博士、筆者の杉野明雄博士。後ろの外人さんはNicholas.R.Cozzarelli.博士です。(読めない・・・Orz)

 

 我々一般人が理解するうえで岡崎フラグメントの何がすごいのか、杉野博士の寄稿にわかりやすかいてありました。

 我々にもよく知られているワトソンとクリックのDNA二重らせん構造モデルであります。これからワトソンとクリックが予想したDNA複製モデルの矛盾点を解決したのか、この「岡崎フラグメント」の発見であります。

 世界中の教科書に記載されているようですが(実は私の教科書にはない)、私が知る学生はテストが終わると記憶が消去されているようで知る人は少ないようです。

 農学の分野ではありませんが、遺伝学の分野で世界的な発見が行われました。(増井博士も遺伝学者であります)

 岡崎博士が岡崎フラグメントを発見した年は35歳です。原爆症の為昭和50年8月、45歳で逝去されました。世界的な発見になるのは岡崎令治博士の死後奥様の岡崎恒子博士の手によるものでありました。長い年月がかかっております。もう少し長く存命であればと悔やまれます。

 増井博士の初生雛鑑別の研究も発見(大正13年・37歳)より研究の完成(昭和7年)まで8年かかっております。そして世界的な評価を得るのは昭和11年の世界家禽会議ですから12年です。世界的な研究は・・・・・時間がかかります。

 最後に寄稿された杉野博士の岡崎博士との出会いを紹介いたします。岡崎博士が生前指導された学生、研究者は僅か20名足らずであったそうです。その一人が杉野博士であります。

 『'67年の春、まだ大学4年生として将来の進路を模索していた海のものとも山のものともわからない私に、岡崎博士(当時はまだ助教授)は一対一で熱心に「岡崎フラグメント」の発見の話をされ「君たちのような若い学生、研究者と一緒に研究したい」と私を岡崎研究室に来るように勧誘されたことはいまだに昨日のことのように思い出される。時間にして、わずか30分だったであろうか?この情熱ある岡崎博士の態度、研究に対する情熱に感激し、私はその場で、自分自身の進路を決定した。幸いにも、曲がりなりにも、現在もDNA複製の研究に情熱を燃やし、喜びをもたせていただいているのも岡崎博士とのあのときの出会いがあったからである』

 以上です。

 増井博士よりまた新たな研究者を紹介していただきました。

 岡崎令治博士の奥様、岡崎恒子博士はまだ研究を続けられているようです。

 

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このページは、yamahiko-farmが2013年5月18日 21:24に書いたブログ記事です。

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