2012年12月アーカイブ

 本年も大変お世話になりました。

 明年もよろしくお願い申上げます。

 

 ただ今月がきれいに見えます。

 初日の出が拝めると思います。(私はハウスの前で初日の出・・・Orz)

 

安養寺前庭.12.12.30.

 新年の予定は、

 元旦は、お寺へ年始に向かいます。代表役員なので受付を行います。その後キミサワへ配達をします。

 2日は、配達をおこないます。

 3日も、配達を行います。

 ・・・・・別に平日と変わりません。

 やまひこ農園の野菜が多く並んでおりますので是非お求めください。

 

 それでは、良いお年を。

 

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小坂町内の正月飾り。

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 毎年小坂町内にある神様の正月飾りを隣組が順番で行います。

 今年は私の組が4箇所担当します。

 日本坂入り口にある「巡礼観音さん」、「山の神様」、「秋葉山」、「公民館」です。

 こちらが「巡礼観音」さんです。

日本坂巡礼観音.12.12.30.

 大昔の東海道でありますこの街道を守る神様です。

 日本武尊が通行された道であります。

今日は暖かい日です!

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 天気は雨。

 ただ今のハウス内温度は18度です。充分な温度です。

 昼間は気温が上がらないので寒くなるかもしれないと思っていましたが、以外にも暖かく半袖になって火を燃していました。(なかなかドラム缶ストーブは火力が強い!)

 贅沢です。なんか気分が良い日です。

 足もとに何か動くものがあるので目を向けてみると・・・・。

 これです。

真冬のかえる.12.12.30.

 暗いので見難いのですが、かえるです。

 暖かくなったので春になったと勘違いしたのか?

 ひょこひょこ飛び跳ねています。

 夜温を高めるために一生懸命薪集めにせいを出しております。

 これは、もうなくなりましたが数日前に知り合いの製材所からもらってきた薪です。

 

製材所の薪.12.12.27.

 いろいろな形があります。

 

 連日薪ストーブと格闘しております。

 寒さが予想より強くお正月もハウスで迎えることが確実となりました。

 趣味で行っているわけではないので結果が求められる所であります。

 この成否を分ける要素は、薪の量です。

 こちらが薪に使用している廃材の山です。

廃材の山.12.12.26.

 一見すると・・・廃屋の写真みたいに見えます。

 昔ミカンの貯蔵庫に使われていた小屋を壊した時にでた廃材をもらったものです。

 数年前のものなので乾燥させてから使用します。

 よく乾燥させないと・・・・温度が上がらないだけでなく煤だらけになります(涙)。

 事前の予定では生木を燃やすことも想定しておりましたが、実験したらあまりの煤で考えなおしております。(煙突にも出て行きますが煙の戻りがかなりあります)

 今日は雨。

 放射冷却はお休みです。

 ハウスを離れる時の温度は16度でした。十分です。

 

 心配なくゆっくり布団で寝られます。

 

 

  

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 世の中いろいろと不可解なことがあります。

 イタリアンパセリを少量生産しておりますが、ハウスと路地の2箇所で比較試験を兼ねて栽培してみた所・・・・路地畑のイタリアンパセリが先に収穫できました。

 こちらです。

路地畑のイタリアンパセリ.12.12.26.

 もちろん百姓が次いで仕事で行う試験ですから厳密ではありません。(しかし無意味ではありません)

 ハウス内のものは、今年の春定植した株(1株だけ残しました)と秋に播種した株です。

 路地の畑のものは、初夏に定植したものです。(害虫の為残存株1株のみ)

 

 ハウスの大株(春に定植したもの)は夏に花を咲かせまくっていたので切り落として様子を見ていましたが・・・・また花芽を上げています。(この寒いのにご苦労なことです)

 ハウス内は私の努力により良好な温度が保たれていおります。

 連日盛大にファイヤーしております。

 ヽ(  ̄□)σどおらぁ~!。燃えろー!。

 

 もちろん好きで火を燃やしているわけではありません。燃料(灯油・重油)が高騰している為、仕方がなく薪で暖をとっているわけです。

 世間でも、燃料が高いので薪をつかってみるか。

 と考える方が増えているようです。

 しかし、そうは問屋は卸しません。

 薪ストーブの火.12.12.24.

 一晩で使用する薪の量は・・・計った事がありませんがかなりの量です。

 薪の量を計りながら燃やすくらいなら、止めたほうがよいでしょう。

 

 いくらでも燃してやるぜー。ヽ(  ̄□)σどおらぁ~!。

 

 という考えにならないと満足な温度が確保できません。

土を食らう?

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 「土を喰う日々」という水上勉さんの著書があります。

 私も購入し読みました。

 農村地域では・・・まあ当然のことではありますが、私のように若い世代には新鮮なお話が沢山ありました。

 私もストーブで薪を燃しながらハウスで採ったばかりのロメインレタス、ルッコラ、リーフレタスをサラダにして食べております。

 こちらです。

ハウスでサラダ.12.12.24.

 結構な量です!

 これらの野菜を食べたい量だけちぎってドレッシングをかけて食べます。

 畑から直に口に入ります。

 贅沢なように見えますが・・・・・。(いくらでも野菜を食べてもよいから火燃しを変わってくれ・・・)

 

 本日も新鮮野菜と共にハウスで夜を明かします。

 ヽ(  ̄□)σどおらぁ~!。

 

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 毎年仕事で気にしたことがありませんが、今晩は何とかと言う祝日の前夜のようです。

 私は宗旨が異なりますのであまり気になりません。

 というか、気にしていたら仕事にならない。(ええ、気にしません)

 今宵は綺麗に星が見えます。風もありません。つまり寝られません。

薪ストーブの火.12.12.16.

 今宵は火力を最高にしなくては!

 

 世間はジングルベル。私はシングルベルです。

 日本語で書けば、「神来るべる」(シングルベル)です。

 まあどうでも良い話ですが。

 明日は、ロメインレタスを中心に配達します。

 

  

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 板妻駐屯地にある資料館は国費(税金)で建設されたものではありません。

 有志の方(静岡34連隊)の寄付により建設されたものであります。

 自衛隊普通科34連隊に永久貸与されております。他にはあまり例のない経歴を持った建物であります。

 板妻駐屯地資料館.12.12.19.

 入り口に入ってすぐ目に付くものは、橘大隊長の胸像です。

 

 連日自作ドラム缶薪ストーブと格闘しております。

 煙の戻りも非常に少なくハウス内の暖房についてまあ満足できるようになりました。

 先日岩倉種苗の米倉さんとハウスで話をしましたが、煙もほとんどなく好評でした。

 米倉さん曰、

 「増井さん、薪で火を燃して暖をとる生活もいいですね」

 私、

 「米さん、生活の為です・・・・(涙)」

 現実は非常に厳しいものです。

 燃える薪.12.12.18.

 自作薪ストーブが非常に好調なので昨日ちょっといじりました。

 もちろんストーブ自体はいじりません。変える所は煙突です。

 一昨日見学した自衛隊普通科34連隊板妻駐屯地です。

 こちらに、戦後製作された「橘周太」大隊長の銅像があります。

 写真を撮ってきました。

 こちらです。

橘大隊長と私.12.12.19.

 橘大隊長の台座のわきに立っているのが私です。

 ここ自衛隊普通科34連隊は首山堡の戦いで勇名を馳せた静岡34連隊の後継連隊として伝統を受け継いでおります。そのためこちらに橘大隊長の銅像が祭ってあります。

 私個人と致しましては「関谷銘次郎」連隊長の銅像も大希望する所でありますが・・・、あの時代に橘大隊長の銅像だけでも建設されたことは奇跡に近いです。

 静岡(駿河)のお国柄として、思想的に右や左にぶれにくい所があるのか?

 自作のドラム缶薪ストーブの形がようやく定まってきました。

 薪ストーブを使用しているといっても毎年恒例のように行っているわけではありません。

 ここ数年は醗酵熱を主に利用していたので薪ストーブとは少し縁遠くなっていました。

 こちらがその自作ドラム缶薪ストーブです。

自作ドラム缶薪ストーブ.12.12.16.

 工作はいたって簡単!。

 そこの部分を切り取って下の口を四角く切り抜いて煙突を出す穴を開けただけです。

 私のような不器用モノでも簡単に出きる方法です。

 工具はサンダーだけで間に合います。

 煙突穴は大きめに開けても土壌モルタルまたは紙粘土で隙間を埋めれば問題ありません。

 以前総合火力演習の帰りに板妻駐屯地に立寄り、橘祭と資料館の拝観について伺ったことをブログにて紹介しました。

 

 先日、普通科34連隊広報の方が当やまひこ売店にわざわざおいでくださり、橘祭と資料館拝観の手続きについて説明してくださいました。

 

 そして、本日以前板妻駐屯地へ伺ったメンバー(先輩、幼馴染セイチャン、私の3人)で手続きをした上で資料館の見学をいたしました。

 

 私、自衛隊駐屯地に入るのは初めてです。ヽ( ´¬`)ノ ワ~イ !!。

自衛隊板妻駐屯地.12.12.19.

 この道の先に、橘中佐の銅像と資料館があります。

 寒いです。

 とにかく寒いです。

 ここは絶対に静岡ではありません!。

 風は雪国のものです。

真冬の蜂・・・冬眠中。

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 本日も自家製ドラム缶ストーブにてハウスを温めます。

 同級生K君が遊びに来てくれました。どうも彼は暇らしい。

 当農園の野菜をボール山盛り一杯サラダにして夕ご飯を食べていきました。なかなかワイルドなK君です。

 

 今日は多分夜空に綺麗に星が見えるので・・・徹夜になりそうです (ノд・。) グスン。

 

 紹介する写真はストーブに使う薪を運ぶ時に見つけました。蜂の冬眠です。

冬眠中の蜂.12.12.13.

 住処を奪って気の毒ですが、これも明日の農業の為と思って勘弁してくれ。

 もう一枚。

  ただ今帰宅。

 雨空がこんなにありがたいものだと感じる季節は冬です。

 ハウスを離れる時の温度は、上部で(1.7m)23度、地際で17度くらいです。放射冷却がきつくなければ、この時間でこの温度であるなら問題は有りません。こればかりは場所による差が大きいので実測して見るより他ありません。

 私のハウスでは何年か前の観測では午後9時に12度の温度が確保できれば、最低気温5度の温度を保てると分かりました。(もちろん放射冷却がかなりきつい時は5度を少し下回るときが1,2回くらいありました)

 今回ストーブを大型にしたことが温度管理を楽にしてくれました。

 こちらがその自作ストーブの煙突です。

ストーブの煙突.12.12.14.

 

  高さはおよそ7mです。

 使用している煙突は直径106mmのホームセンターで販売されているものです。

 以前ここで使用していた薪ストーブ(めがねタイプ)の規格です。そのためこのドラム缶ストーブには少々細い煙突です。

 燃焼を有利にするには横引きを少なくして即上部に立ち上げた形が理想ですが、熱を利用する場合には、またハウス内での置く位置により煙突の横引きをしなくてはいけません。

 このストーブでは横引きが約4,5mくらいあります。

 吸い込みが少し悪い欠点を感じますが・・・今期はこの煙突で行きます。

 以前のストーブで暖房していた時に遊びに来ていた同級生K君曰、

 「今度のストーブはあまり煙くないね。前と比べて熱がすごいでるね」

 とのことです。

 細かく見ると・・・直したい点がいくつかありますが、まあこのくらいで済ませます。多少煙い点がまだ残りますが・・・あれだけ燃せば仕方あるまいと言い聞かせております。

 空に雲がみえるので今日は早めに家に帰れるかと思っていました。

 同級生K君が選挙速報を見に来園(要は、話し相手が欲しいようで)、速報を聞きながら火もしに精を出していました。

 それほどハウス内の温度が下がらないので、温度計を見たら午後9時の時点で22度!

 

 そんなに高い温度になるのかと調子に乗ったのがウンのつき・・・・つい今まで調子付いて火もしをしていました。

 午前零時の時点で、温度は20度

 

 毎日この温度であったら申し分ありませんが、とりあえず布団で寝られるだけありがたいです。

 

  

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 昨晩からの雨のおかげで布団で寝ることが出来ました。助かります。

 冬は曇りと雨の日が一番ありがたいです。(放射冷却がない)

 ただ、今日は昼間から火を燃しておりました。気温が低いので生育を早める為に温度を与えます。

 この季節は肥料よりも重要なのが温度です。

 

 ただ今使用している自作ドラム缶薪ストーブを紹介します。

 日々改良しながら形をまとめていきます。(じっくり実験している暇が・・・ない)

 

ドラム缶薪ストーブ.12.12.13.

 これは2つ目の形です。(一つ目は捨てました)

 よく燃えますが・・・・これは夜明けの頃に煙の逆流が激しくなったので改良しました。

 次のものはこちら。

 自作の薪ストーブとの共闘が続いております。

 もちろん相手は最強の自然です。何でもありです。

 頻繁にストーブの記事では芸がないので久しぶりに野菜の記事です。

 ストーブの設置などの作業も一段落したので路地畑の様子を見に行きました。

 ここのところ放射冷却がきつくかなりの寒さです。(注、静岡レベルではです)

 チジミ菜も名前の通りチジミあがっております。

チジミ菜.12.12.13.

 透明マルチにもぐりこんでいます。

 頭だけ出している姿は、コタツにもぐりこんで頭だけ出していたかつての自分の姿・・・・。

 もっと不精なやつが居ます。

 帰宅は午前6時過ぎ・・・・。

 朝帰り・・・・といっても色気は皆無。

 ハウスで仮眠を取ろうかと思ったが以前とは違い小区画に区切らず(6m×9m)、3棟のハウスが吹き抜け状態。気を抜くとすぐに冷風を感じるので、まさに不眠不休の火燃し。

 明け方は煙突が詰まったようで煙の逆流凄まじく・・・鼻の穴は真っ黒け。

 それでも努力のかいあってそれなりの温度は維持できた様子です。

 以前に泊り込んで火を焚いた時と比べると、最大の違いはドラム缶ストーブは火力です。

 ランバラル大尉の名言「ザクとは違うのだよ。ザクとは。」

 と口にしたくなります。

 

 今日はまたストーブの位置を変えて試してみます。

 

  

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 ただ今一時帰宅しました。

 ハウス内は二重被膜をほぼ完全にかけてあります。

 そこに今年はドラム缶を利用した自作の薪ストーブをおきます。

 一昨日より試験的に使用して煙突との調子を見ていました。

 さすがにハウス内は・・・・霧の都ロンドンです。

 欧州へ行かなくても気分は味わえます。

 火力は容量が大きいドラム缶だけあって大きいです。ホームセンターで販売しているめがね型のストーブと比べると大人と子供の差があります。

 今後薪ストーブについても紹介していきます。

 一つ試験的に稼動していて気が付いたことです。

 こちらを御覧ください。

 

薪ストーブの煙突.12.12.12. 暗いのでピンボケになってしまいました・・・。

 お分かりでしょうか、真っ赤に焼けています。

 この煙突はホームセンターで求めた106mm径のものです。

 焼きがはいっています。

 今度はピンボケにならないように写して見ます。 

 寒くなりました。

 本日静岡にて霜がおりました。

 日陰山で氷は張っていましたが、ハウス周辺ではこれが最初です。

 ここのところ風が強かったので気温は低くても放射冷却が抑えられたようです。

 今日は自作の大型まきストーブにてハウスの加温を行っておりました。

 もちろん今年は暖房機を導入しますが、燃料費の節約の為まきストーブと併用します。

 寒さが続けば・・・・毎日晩くまで・・・またはハウスに泊まるか。

 

 悲しい百姓生活です。

  

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ルッコラの変種か?

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 現在キミサワにて販売中のやまひこ農園オリジナルルッコラでございます。

 ・・・オリジナルといっても自家採種した種子を使用しているだけで意図的に選抜は行っておりませんが。

 ところが時々変なものが(こんな言い方は失礼ですが)でてきます。

 こちらもルッコラ収穫中に見つけました。

ルッコラの変種?.12.12.06.

 葉の形が変です。

 詳しく見てみます。

 日本が世界に誇る動物遺伝学の権威、「増井清」博士の研究に関する状況を見ていきますと・・・・実に研究費に苦労された方と分かります。

 三流研究者が「研究費がないからよい研究が出来ない」とほざいていますがこんな泣き言は三流の証明にしかなりません。(自分の金で研究するわけでもないのに)

 増井博士の有名な初生雛雌雄鑑別の研究ですが、大正14年畜産学会で発表された研究は畜産試験場初代場長「中川庄司」場長の全面的な協力により完成しました。

 しかし、2代目場長の木村和誠は「試験場は試験をする所で研究する所ではない」と、のたまい研究費を削減しました。(西川哲三郎さんの著書より)

 そのため増井博士の研究は理論的には証明されましたが実用化にはまだ完成には程遠い段階で暗礁に乗り上げました。この点は畜産試験場で研究されていた他の研究者(鈴木幸三博士など)も同様でした。

 そこで、増井博士は同志と共同して大正15年「養鶏研究会」を設立し、農家、業者を巻き込んだ研究会を開き、研究の実用的価値を説明していきました。(もちろん畜産試験場・大学で研究された理論の実用化が目的です)

 博士の初生雛雌雄鑑別理論の重要さを見出したのは民間の養鶏業者でした。博士から指導を受け自らも研究すると共に増井博士に研究費を送りました。

 この民間から寄付された研究費が増井博士の研究を助け、100%鑑別を可能とする初生雛雌雄鑑別技術となるわけです。

 増井博士が象牙の塔にこもって研究されていた方でない証左であります。日本養鶏業の状況を理解している増井博士は関係ある多くの方に自らの研究が必ず実利をもたらすと説得されたのです。

 博士の書く文章が私にとって読みやすい理由がよくわかります。博士は一般人の心を理解されているのではないかと思っています。

 

 ここまで長々書いておりますが疑問をもたれる方も幾人か出てくるかもしれません。

「なぜ業界の為になる研究を行っているのに、頭を下げたり説得しなくてはならないのか」

 はい、答えは単純です。

 博士にとっては、日本養鶏界が発展して初めて自らの存在意義があると考えているからです。自らの研究が産業に生かされなくては意味がないのです。

 「農学栄えて、より農業栄える」、この言葉がふさわしい学者であります。

 

 その増井博士が最後の戦いの場として設立された研究所が「(財)増井家禽育種研究所」であります。

 十周年記念に要覧が発行されました。

 この要覧より増井研の陣容を紹介いたします。

 

増井家禽育種研究所要覧.12.12.04.

 この表紙の模様は、鶏の染色体です。

 簡単に説明して本題に入る予定でしたが・・・なぜか前置きが長くなりました。

 「農学栄えて、農業滅ぶ」という言葉から、鏡保之助先生(本通)、白鳥吾市先生(門屋)、寺尾博博士(聖一色)と駿河を代表する農学者のお名前を紹介してまいりました。(なぜ、こんなに静岡市から高名な農学者がでたのか・・・・?。)

 そしてもうお一方、鏡先生のなぞかけを行動をもって答えた学者がおります。

 静岡市駿河区小坂出身の「増井清」博士です。

 昭和29年7月、日本大学の好意を得て、藤沢市亀井野にある農獣医学部附属圃場に研究所を開設しました。(面積3,000坪・・・1町歩)

 現農獣医学部附属圃場

農獣医学部附属圃場.11.01.10.

 個人的に感無量であります。

 私はここで4年間勉強しておりました。

 学生当時はなにも知らなかったのですが、増井博士の調査を始めて、ここに博士の研究所があったことを知りました。

 不思議な縁を感じます。

 

 研究所設立当時増井博士は67歳。東京大学を定年退職され、学士院会員に選出されております。

 どこかの研究施設の顧問や理事をされていてもおかしくはないのですが、「種鶏の輸出こそ日本養鶏界の生き残りの道である」との信念のもと自身の主導する研究所を設立しました。

 この時の(財)増井家禽育種研究所の状況を紹介します。

 多くの方が農業の状況を語る上で使われている、「農学栄えて、農業滅ぶ」でありますが、この言葉が何時、どのような状況で語られたのか疑問を持ちまして簡単な調査を行いました。

 横井時敬先生の伝記を編纂された先生がたの調査にもかかわらず出典が分かりませんでした。

 

 私の調査では、昭和3年の農業世界に「農業栄えて、農業不振」の言葉を見出すに止まりました。

 そして、静岡市本通出身の、盛岡高等農林第3代校長「鏡保之助」先生の言葉を寺尾博士の寄稿より知る所となりました。推定の年代は大正13年です。

 この鏡先生の言葉を受けた寺尾博士の答えを紹介して終りと致します。

 

 時は、大正13年。

 場所は、盛岡高等農林学校。

 農学会の大会が開かれ全国から500人を数える教授、先生方が集まりました。

 その晴れやかな舞台で鏡保之助校長が語った言葉は、

農学研究のかくのごとく盛んにして農村日に衰えるは何故ぞ

 

 この言葉を聴いて・・・幾人かは(かなりの大勢の方かもしれません)カチンときたと思います。

 簡単な言葉に直せば、

「農学の研究が盛んになるに連れて農村が日々衰えてくるのはどういうことだ」

意訳↓

「君たちは出世のために農学の研究をしているのか、農村は困窮の局地にあるぞ」

 と意訳してみました。場所は東北です。静岡では想像も付かない自然の猛威にさらされ、打ちひしがれる東北農民を見て鏡校長はそう感じておられたのではないか。

 ただ、全国の教授方500名を前にして堂々と苦言を口にする鏡保之助先生はかなり腹が座った方であります。もちろん士族です。(平民とは一味違います)

 この言葉にピンと来たのが駿河最高の農学者「寺尾博」博士であります。

 この時には博士号を取得され、後に有名になる陸羽132号も作出されていました。自身の主導する純系淘汰・交雑育種試験は大成功を収め、全国的に規模が拡大され世界に類を見ない大規模育種ネットワークに生長する一歩手前の時期でした。

 これだけの業績を上げている寺尾博士ですが、鏡先生に反論するどころか得心するところがあったようです。

 鏡先生の問いに答えるような形ですが寺尾博士の言葉が続きます。

 「農学栄えて、農業滅ぶ」 一応この言葉が使いやすいので使用しておりますが、筆者によりいろいろな言い方になっております。

 「農学興って、農業滅ぶ」

 「農学栄えて、農業不振」

 などです。ここから推察できることは試験で出題されるような用語の形ではなく、昔からあいまいな形で伝わった言葉のようです。

 正確な用語ではなくとも意味が伝わればそれでよいのですから問題はありません。

 ただ、横井時敬先生が口にした言葉であると言われていますが・・・・だんだん確証が持てなくなってきました。もちろん小農論者の横井先生が口にして全く違和感がありません。そういうイメージを持った方であります。

 横井先生の調査は詳しく行っておりませんが、不思議なことに横井先生と共著の著書のある第2代静岡農学校校長白鳥吾市先生は、静岡でも(当時は安倍郡)大身の門屋の名門白鳥家の出身です。どちらかと言うと気が合いそうな小農出身の鈴木梅太郎博士とは・・・・そりが合いません。(この点また紹介します。私にとっては意外なお話ですが梅太郎先生は農学者の中でも疎んじられた方でした。)

 さて、この「農学栄えて、農業滅ぶ」という言葉の源泉についての私の中の議論に終止符を打った方は、静岡市本通出身の「鏡保之助」先生です。

 別に鏡先生の言葉が発祥と言うつもりはありません、この当時心ある学者であるならば誰が口にしてもおかしくない言葉なのです。

 娘を売らねば生活が成立たない東北農村を前にして、自らの功績よりも無力を実感した研究者共通の言葉であったと考えています。それだけ誇り高い人物がいたとも思います。

 鏡先生がその思いを言葉にし、共感した寺尾博博士が口癖のように口にされたこともよく分かります。

 こちらが「農学研究のかくのごとく盛んにして農村日に衰えるは何故ぞ」と言う言葉を残された盛岡高等農林学校校長「鏡保之助」先生です。

盛岡高等農林校長 鏡保之助.12.12.02.

 鏡先生は在職中に亡くなったため学校葬が行われました。この時発行された鏡先生の追悼集「明鏡餘光」より肖像画を拝借しました。

 重ねて(大切なことなので2度言います)、鏡保之助先生は静岡市本通の方です。

 寺尾博士の紹介で駿河出身の偉大な農学者を見出すことが出来ました。

 鏡先生記念集の「明鏡餘光」より弔問者のお名前が書かれておりましたので紹介します。

 「農学栄えて、農業滅ぶ」 この有名な言葉の使われ方、時代背景より、素人なりにですが調査の範囲を狭めてきました。(それでもかなり広いです!)

 こんな素人研究を恥ずかしくもなく(恥ずかしいのですが・・・)ご披露するのも、このような研究を横井時敬先生と縁のある学生(東京大学、東京農業大学)に是非とも行ってもらいたい、と思う所であります。

 

 この言葉を発した方は、東北農業振興に携わった学者であると想定しました。

 付け加えますと当時、娘の身売りが全国的に話題になった地域です。それだけ自然の影響が強い地域であったのです。

 国策としての米作奨励も寒冷地域の自然の猛威の前に農民の貧困を生んでいった点もあります。この稲作の冷害に対し大正、昭和初期にかけて救世主のように登場した品種がコシヒカリの先祖に当たる陸羽132号です。駿河の生んだ最高の農学者「寺尾博博士」の生み出した品種%E

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