加藤鉉一郎先生と鈴木梅太郎博士(その2)

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 加藤鉉一郎先生は、現在の静岡市立長田南小学校の校長先生を勤められた方です。昭和14年から16年にかけて勤められました。

 俳優の加藤剛さんのお父さんであります。

 長田南小学校90年記念誌に寄稿された最年長の校長先生です。当時(昭和52年)84歳です。

 加藤先生より高齢の方は・・・、我らが初生雛鑑別の発見者にして動物遺伝学の世界的な権威「増井清」博士です。当時89歳です。(最年長です!!!!)

 この長田南小学校90年記念誌を発行しなければこれらの方々の生の原稿を受けることが出来なかったわけです。100周年にも記念誌が発行されましたが残念ながらこの時はほとんどの方は故人です。(高名な方)

 さて、本題の加藤先生と鈴木梅太郎博士ですが接点があります。

 有力とは言えないまでも確実です。

 一応その前に梅太郎博士のご紹介をさせていただきますと、ビタミンB1(発見当時はオリザニン)の発見者にして、国民の体力向上の為の研究に尽力、農芸化学の分野での第1人者であります。農芸化学は梅太郎門下の学者集団が発展させてきた分野といって過言ではありません。

 地元の(有能な)若者のお世話をされていたようです。梅太郎博士を頼って研究者になった方も多くおります。ついでに言えば、静岡大学農学部初代学部長後に静岡大学学長に就任された浜松市出身の「大杉繁」博士も梅太郎門下です。

 地元で講演会を幾度か行ったと記録にあります。

 

 こちらの地図を御覧ください。「鈴木梅太郎先生伝」より拝借しました。

鈴木梅太郎先生伝.12.11.26.01.

 

 例により地図に加工いたしました。

 私自身駿河の人間ですので遠州はあまり詳しくありません。梅太郎さんについては出身地が相良といったり、榛原といったり様々です。もちろん間違いではありませんが・・・あちらの地理を知らないことがよくわかります。

 梅太郎さんの出身地は「鈴木梅太郎先生伝」発行当時では「静岡県榛原郡相良町字堀野新田」です。地図で赤線が引かれているところです。

 もともと右上の地頭方の農家の分家が開墾してこの堀野新田を作ったとあります。(新田と名がつくだけあります)。そのため資料によっては地頭方と記載されることがあります。

 地図で場所を良く見ると正に御前崎です。

 

 加藤先生の出身地は、加藤剛さんのWikiの記事を参考にしますと榛原郡白羽町です。地図上で黄色い印が付いている所です。地頭方村の下になります。

 梅太郎博士の名前は遠州地域津々浦々まで知れわたっております、学問で身を立てる見本として梅太郎博士があげられていたわけです。

 功を立て名をあげられた梅太郎博士の講演会に近隣の19歳年下の若き加藤先生が参加したことは間違いありません。(梅太郎博士博士号を取得した年は27歳です!)

 

 ついでのお話ですが、この地図は安倍川の表記が間違っておりましたので加工ついでに赤文字で修正しておきました。(遠州から見れば駿河もこんなもんです)

 赤い印があるところは私と増井清博士の出身地域「小坂」です。

 青い印があるところは遠州の梅太郎に匹敵する駿河最高の農学者「寺尾博」博士の出身聖一色です。

 

 加藤先生がおそらく拝聴したであろう梅太郎博士の講演の内容はいかがなものであったか興味がわくところです。

 

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このページは、yamahiko-farmが2012年11月26日 18:42に書いたブログ記事です。

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