2012年9月アーカイブ

 世に残る水稲の名品種「陸羽132号」と、日本が世界の追従を許さない技術「初生雛雌雄鑑別技術」の両方の開発に関係された人物のお名前を見出すことが出来ました。

 

 言うまでもございませんが、「陸羽132号」は静岡市駿河区聖一色出身の「寺尾博」博士が中心となって作出されました。大正10年作出です。

 鶏のヒナのオス、メスを鑑別する、「初生雛雌雄鑑別技術」は私の住む静岡市駿河区小坂出身の「増井清」博士の研究によるものです。

 

 どちらの研究も多くの研究者の助力がありましたが、「寺尾博」と「増井清」無くしては世に出ることはありませんでした。

 その両方の研究に協力された方がこの方です。

中川庄司場長.12.09.30.1.

 「中川庄司」場長です。

 愛知県名古屋市出身の方です。資料が少なくまだ調査も初期の状態です。

 上の写真はとある研究者の方から教えていただいた資料「大曲100年の研究と思い出」より拝借しました。

 千葉の畜産試験場で中川場長と面識のある西川哲三郎さんはこう語っております。(「飼料に明け暮れ50年」)

『どんな閲歴でいかなる業績を残された方かは、まことにうかつにも存じあげないが、白髯を蓄え、一見乃木将軍を彷彿させる風貌で、どちらかというと寡黙の人であった。』

 

 写真でも「乃木希典大将」のような風貌です。

 この方がどのように「陸羽132号」と「初生雛雌雄鑑別技術」の開発に携わったのか調べた限りですが紹介します。

 また、台風です。

 今度も大型の台風です。

 雨にしても、風にしても、農地には被害を与えますから・・・・あまり歓迎はしません。

 薄気味悪い空模様です。

台風前の空模様.12.09.30.

 午前中です。

 連合町内会の運動会が行われる日ですが、お昼に雨が降ってきたので午前中で終了しました。

 配達を終え、午後になったら・・・降り始めました。

 先日ひょんな用事で掛川へ向かいました。

 あちらに行く時はたいてい夜のなので掛川城周りを見物したことがありません。

 こちらには、有名な二宮尊徳の教えを受け継いだ「大日本報徳社」があります。

 今まで行った事がありませんが、寺尾博士の調査中、報徳社発行の「報徳」誌に寺尾博士の追悼文を発見しましたので、用事のついでに寄ってきました。

 こちらです。

大日本報徳社.12.09.26.

 隣の建物が図書館のようです。

 ただ今改装中のため・・・・入れないようです。

赤坂峠から用宗へ。

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久しぶりに電車に乗るため用宗駅へ向かいます。

小坂から用宗駅に向かう近道は山道の赤坂峠を越えるルートが一番です。

大昔の街道ですが、附近に果樹園(ミカンが主)があるので整備されており歩くことが出来ます。

 もちろん山道に慣れた私の感想ですから・・・・普通の人はどう思うか・・・?

 なので、写真をアップします。

赤坂峠山道.12.09.26.

 草刈がされ歩きやすいです。(私は)

 くもの巣が少々顔にかかります。

 昨年より試験的に栽培を行っております、オカワカメです。

 現在キミサワグラッテ大谷店にてお求めできます。

 お鍋の青物にいかがでしょうか!

 滋養に良いといわれておりますオカワカメです。(当然青物は健康にはよいのです。)

 花盛りのオカワカメです。

オカワカメの花.12.09.26.

 しだれオカワカメです・・・・・。

 香りは「ヘリオトロープ」のような香りです。

 すばらしい香りでありますが、花柄が汚く落ちるのが難点です。

島チシャ発芽!

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 島チシャが発芽を始めました。

 可愛いです。

 こちら

島チシャ発芽.12.09.25.

 気候もよく発芽も早い!

 気持ちよいほど良く発芽しております。

 今年選抜した島チシャです。どのようなレタスになるのか楽しみです。

 アップにして見ます。

島チシャの播種

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 採種した島チシャを播種します。

 もちろん取り播きですから(労力軽減)、ちょっと綺麗にしなくてはいけません。

 篩いで大きいゴミを取り除いて播種します。細かいゴミは・・・・愛嬌です。

 島チシャの種1.12.09.22.

 細かいゴミが目に付きます。

 播種して水をかけると、水に浮いてよくわかります。

 アップにします。

島チシャの種

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 昨年より栽培を始めました島チシャです。

 用途はサンチェと同じです。焼肉を包んで食べます。

 在来種だけに生育の不揃い、形状の不揃いが少々気にかかり昨年は選抜を行いました。

 こちらが乾燥した島チシャです。

島チシャの莢.12.09.11.

 花は紫色の小さい花が咲きます。

 キク科だけに菊と同じような花が咲きます。

 この中に種が入っています。

 昨日紹介しましたキノコです。

 次の日はどうなったのか、紹介します。

 こちらです。

畑からキノコ.12.09.22.

 傘が開きました。

 非常に早い生育です。

 このキノコの名前はわかりません、食べたこともありません。

 一体君は誰なんだ?

畑からキノコが!

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 馬糞やわらを入れてから良く生えてきます。

 温度と水があれば生えてきてたちまち大きなかさを開きます。

 種類は不明。害がないのでそのままにしています。

 こちらです。

畑からキノコ.12.09.21.

 見ていると可愛いのですが・・・・・。

 アップにして見ます。

 秋になりました。

 夏場には良い日陰を提供してくれましたオカワカメですがもう不要です。

 次の作の為に刈り落します。

 ・・・・・・・・。

 切り落とした蔓を良く見てみると・・・・こぶがついています。以前米倉さんからもらったオカワカメのむかごとそっくりです。

 御覧くださいこちらです。

オカワカメのむかご.12.09.21.

 昨年は目にした記憶はありませんでした。

 蔓が生長したからでしょうか、今年は良くついています。

 卵焼きといえども奥が深いようです。

 私が小さい時は、明治生まれの曾祖母が卵焼きを作ると必ず「ニラ」を入れてくれました。小さい子供にニラはちょっと早いのですが(癖が強くて)、ニラを入れる理由が面白いのです。

 「結核にならないため」

 だそうです。明治、大正時代にはこの小坂も結核がはやったようです。初生雛雌雄鑑別で有名な増井博士も病弱でいろいろ苦労されたことが書いてありましたが、現在と比べて昔は栄養状態がかなり悪かったと想像されます。

 紹介します、卵焼きは現代版栄養たっぷりのおいしい卵焼きです。

 同じ作り方で2つの卵焼きを紹介します。ボーノ!料理工房 鈴木さんの作品です

焼きっぱなしのたまご焼き

 

生食調理用のトマトを使用しました。
 
 トマトを洗い、縦半分に切り、フライパンにオリーブオイルをいれトマトを焼き、一緒に玉葱のスライスしたものもいため、一度皿にとり塩、胡椒して下味をつけます。  
 
 とき卵に粉チーズ、ほんの少しの塩、こしょうして混ぜ、
 
 焼いたトマトと玉葱も混ぜてトマトを焼いたフライパンを温め少し多めのオリーブオイルをいれ卵液を一気にいれ混ぜながら半熟になるように焼き出来上がりです。
 
 もうひとつの方は・・・・。

 こちらもお手軽簡単料理です。

 

 トマト・茄子・玉葱・鶏胸肉の炒め煮

 一口大に切った鶏肉と茄子、玉葱を炒め、皮をむいたトマトをいれ

 白ワイン、塩、胡椒で味付けし炒めたものです。

 茄子が柔らかくなったら島チシャをいれさっとまぜできあがり。

 以上です。

 

この記事は、ボーノ!料理工房 鈴木様のメールを基に作成いたしました。

 

 今回も簡単レシピです。

島チシャともやしのオイスターソース炒め

 美味しそうです。

 作り方は至って簡単、

 茄子と豚肉も少しはいっています。  

 島チシャともやしの組み合わせがとてもあいます。

 オイスターソースでなくても塩、こしょうの味にしてもいいです。
 
 普通のものとの相違点は・・・・島チシャです!(実はなんでも代用はききます)
 
 

この記事は、ボーノ!料理工房 鈴木様のメールを基に作成いたしました。

 

 關谷銘次郎連隊長が士官学校に入学されたのが明治10年、17歳の時です。

 その後士官学校の機構が改編されたので、旧陸士または士官生徒と呼ばれます。

 Wikiでもありますが、關谷連隊長は士官生徒3期です。

 これは、護国神社遺品館にあります、日露戦闘時34連隊第1大隊の中隊長でありました木下秀次郎中隊長の残された記録、「歩兵第34連隊首山堡付近の戦闘について」にも記載がありました。

 そのため間違いなく士官生徒(旧陸士)3期であると認められます。

 (基本的にはWikiは証拠として考えておりません・・・残念ながら)

 

木下文書.12.09.07.

 こちらが証拠の木下文書です。

 といいましても、もちろん他にも確認できます。

 明治10年陸軍士官学校へ入学した生徒は第3期生であることは、「陸軍士官学校」という資料で確認できます。また、柴五郎さんの資料でも明治10年に入学されたことが記されております。

 

 この士官生徒3期の方で主要な人物の名前が、「陸軍大学校」昭和48年12月発行の書籍に記載がありました。

 紹介します。

 だんだん料理の記事を作成することに慣れてきました。

 料理は作れませんが、料理用語に慣れてきたようです。

 末が楽しみになってきました・・・・。(今更ですが)

 今回紹介する料理は、こちらです。

オカワカメ・合挽き肉・オクラ・なすのスパイス煮

 鈴木さんのコメントに「あまり良い写真でなくてすみません」とありましたが、レシピの方が重要です

 さて、作り方は・・・・・。

 ちょっと変わった冷奴です。

 まだ、暑い日日が続きますが食べ物を工夫して体力回復です!

 

冷奴 トマトとオカワカメのはいっているしょうゆダレで

 作り方は・・・。

 現在調査を行っております、静岡第34連隊連隊長「関谷銘次郎」大佐です。

 資料があまりないので、資料集めが専らです。

 こちらの写真は博文館発行の「日露戦争実記」にありました、關谷銘次郎連隊長とご家族の写真です。

關谷銘次郎連隊長と家族.11.12.08.01.

 「地震学事始」を書かれた橋本万平さんが取材された方は、次女喜代(きよ)さん(写真の文字は誤記です)と三女菊子さん、そして四郎さんの3名です。

 橋本さんのおかげで關谷連隊長の年表を作れるようなものです。

 年表を作成するに当たって参考にしました資料は、

 「征露岳南武鑑」(主にこちらを参考にしました)

 「地震学事始」 橋本万平著

 「第34連隊史」

 「明治三十七八年戦役実話精神教育資料」

 「朝日新聞記事」

 「ああ、静岡34連隊」

 「日露戦争実記記事」

 「静岡新報記事」

 以上です。

 年表を正確に作るため複数の資料を参考にしました。(できるだけ一次資料になりうる物を参考にしました)

 私が小さい頃行った日本平動物園と大幅に変わったのが動物ふれあい広場です。

 以前は、ニシキヘビを首巻いたり、ウサギなどと触れ合うコーナーが露天で小規模設けられておりました。

 現在は違います。メインのコーナーに昇格しました。

 こちらです。

動物ふれあい広場.12.09.15.

 しっかりとした施設になっております。

 こちらで、ウサギ、ラット、ひよこをさわって触れ合うことが出来ます。

 しかも、衛生上さわった後手を洗う、手洗い場もしっかり併設してあります。

 おとうさん、おかあさんも安心な設備であります。

 本日は私の可愛い甥と姪「佑太」と「花奈子」を日本平動物園へ連れて行きます。

 私が日本平動物園へ行くのは・・・・・年ぶりです。

 県立図書館や配達に行くのに近くの道を通りますが・・・・用がなかったので。

 こちらが私の可愛い甥と姪です。

日本平動物園.12.09.15.

 暑い日でありますが二人とも元気一杯です。

 帽子を持ってこなかったので二人の頭に手を当てて熱の度合いを見ながら歩きます。日陰で休み休み見学していきます。

 私が来た頃とは大幅に変わってきました。

 昔の経路はすべて覚えています!入り口がフラミンゴでした・・・・(年代がわかりそうです)。

 

 長い題名ですが、知る人にはよくわかる内容です。

 (私は・・・・・・・・?)

 写真を見れば一目瞭然。

 

鯖のソテー  ミニトマト、きゅうり、紫玉葱のはいった甘酸っぱいソース

 美味しそうです。

 作り方は・・・・こちら。

 2回目になりますが、岡部にあります曹洞宗「常昌院」に伺いました。

 この常昌院にあります木像は、すべて旧志太郡の戦死者(日露戦争)であるわけですが、唯一志太郡以外の方が祀ってあります。

 

 はい、もちろんその方こそは「関谷銘次郎」連隊長です。

 こちらです。

關谷連隊長の木像.12.09.13.

 今回こちらの常昌院にお伺いしたわけは、こちらの關谷連隊長の木像の謂れとなにか資料を拝見できればと思い立ったわけです。

 さて・・・・結果は・・・。

 食欲がないときに重宝なのがスープです。

 こちらは、素材のもつ要素を生かした栄養たっぷりのスープです。

トマトとオカワカメと椎茸をいれて卵でとじたスープ

 作り方は・・・・。

 お手軽な料理の一品です。

 とてもヘルシーなサンドイッチです。

 オカワカメときゅうり、ツナのサンドイッチ

 もちろんボーノ!料理工房の鈴木さんの作品です。

 作り方は・・・・。

オカワカメの開花

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 ハウス内で邪魔者になりましたオカワカメです。

 開花を始めました。

 良い香りです。

 オカワカメの花.12.09.11.

 庭なら良いのですが、ここは畑そして実験園であります。

 そのため邪魔になる蔓を鎌で除去しながら畦を作っています。

 

ミニトマトのサラダ

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 ミニトマトのサラダです。

 サラダは私みたいな素人にもおなじみの名前なのでイメージがわきますが、このサラダはちょいと違います。

 ・・・・・・どうも奥が深いようです。

 こちらです。

ミニトマトのサラダ

 このミニトマトはもちろんやまひこ農園産です!。

 エンジェルとオレンジを使ったようです。(・・・たぶん)

 それでは作り方です。

 首山堡南方陣地に対するロシア軍の砲撃は西北首山の陣地に展開する砲兵部隊より始まりました。

 地図で詳しく記されているものがありました、「歩兵第34連隊首山堡付近の戦闘について」の巻末に添付されていました。

 こちらです。

首山堡南方陣地砲撃図.12.09.07.01.

 

 見難いのですが、首山堡南方高地を砲撃したロシア軍砲撃部隊が記されています。わかりやすいように赤丸で印をつけました。

 1が西北方首山に展開する部隊です。

 2が首山堡南方高地と北大山の間の鞍部に展開する部隊です。

 首山堡南方高地を砲撃した部隊は上記2つの部隊であります。

 

 では、我ら日本軍を援護する野砲部隊はどこに展開していたのか?

 たまねぎの播種をおこなう時期です。

 今年もくろに植えてあったたまねぎから葱坊主が出てきましたのでほおっておきました。

 保管が面倒なので取り播きです。

 こちらが収穫した葱坊主です。

葱坊主.12.09.08.

 しっかり乾燥しています。

 種がこぼれ始めていますが・・・・まあ仕方ありません。

 オカワカメの料理です。

 あまりなじみがない野菜ですが、オカワカメもいろいろ工夫しますと美味しく食べられます。

 東京にありますボーノ!料理工房鈴木さんのレシピです。

オカワカメ、きゅうり、長芋、エリンギのポン酢あえ

 器もよく料理に合います。

 さて、作り方は・・・・。

 静岡県護国神社の遺品館は静岡に縁のある部隊で散華した方の遺品が数多く展示してあります。

 もちろん生還した勇姿の記念の品もございます。

 ただ、量が非常に多いので(特に太平洋戦争当時)、展示場所が様々である事が欠点でありますが、保管状況はほかでは見られない良好な状態です。

 高校生の時はよくこの遺品館に立ち寄り展示の品々を見て回りました。

 

 今回は年齢相応に知識と展示品の価値がわかるようになったので、以前と違った角度から拝見しております。

 今回目玉となりましたものは、「歩兵第34連隊首山堡付近の戦闘について」という小冊子です。

 第34連隊首山堡附近の戦闘について.12.09.07.

 古い小冊子です。コピーです。

 この小冊子は、34連隊第1大隊の中隊長でありました木下秀次郎中隊長のご子息から寄贈されたものです。

 木下中隊長は病気の為首山堡戦の前に野戦病院に入院した為、代わって中村昌大尉が指揮を取りました。

 木下中隊長は復帰し沙河の会戦で負傷いたしました。

 この記録は、公刊戦史の不備を補う為中村昌大尉が書かれたものです。

 私が知る限り1級の資料です。

 こちらもおいおい紹介します。

 

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 カペッリーニ・・・・とは何か?
 私自身、全く料理と縁がないことがよくわかります。
 
 このレシピの記事を見て同級生が、「○○は知っているか」(○○には料理用語)
 と聞いてくるのにはさすがにごめんなさいです・・・・OTZ。
 
 この点さすがは料理教室を開いている鈴木さんです。私の知識のなさを理解して書いてくれております。
 素人にはぴったりの先生であります。
 
 さて、まず写真を紹介してから、カペッリーニの説明を鈴木さんにしていただきます。
 
 
 
カペッリーニ カペッリーニとはパスタの種類の一つです。
 
 パスタといえばスパゲッティーというのが日本では思われていますが、パスタには太さ、長さによってすべて名前がついていて  
 
細長いもの(ロングパスタ)で麺の断面が2mm弱のものがいわゆるスパゲッティーです。 
他にスパゲッティーニ、タリアテッレ、ブカティーニなどあり
長さの短いマカロニの様なものがショートパスタ(ペンネやコンキリエなど)  
 と言われています。
 
写真では分かりにくいのですが、日本の冷麦やそうめんのような細さのものがカペッリーニです。

 昨年長崎県にあります橘神社に行ってまいりました。

 長崎ではいまだに慕われている橘周太大隊長であります。

 自宅を改造した記念館に内田軍曹から橘周太大隊長のご家族に当てた戦死にいたる状況を綴った手紙が展示してありました。

 こちらです。

 

内田軍曹の記録

 オリジナルか、写しかわかりませんが和紙に筆で書かれております。

 この内田軍曹の手紙と同じものが静岡県護国神社の遺品館にございます。

 静岡県護国神社に展示してあります心霊写真です。

 撮影場所は、フィリピン カンギボット山脈 りモン峠の慰霊碑です。

 こちらです。

心霊写真.12.09.06.

 日本兵の姿が写されていると記載されております。

 静岡からは、泉兵団(第26師団)に所属した部隊が派遣されました。

 もちろん、私の村からも出征しました。祖父の従兄弟も、親戚もこの泉兵団に所属しておりました。

 ・・・・・・・・。

 レイテ島での泉兵団の生存者は・・・・静岡出身者はゼロです。全員戦死しました。

 お骨もありません。祖父の従兄弟は紙切れ1枚入っていたと聞きます。

 そのため、戦後幾度となく遺骨集集団がレイテ島へ派遣されました。

 せめて形見になる品をと、遺族の方がレイテの密林の中を探して歩かれたのでしょう。

 この写真の真偽は別として、その気持ちが伝わってくる写真です。

 

 柚木にあります、静岡県神社の遺品館にて御覧いただけます。

 

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 初めて聞く名前です。(私は)

 そのため、鈴木さんの文と写真を紹介します。

 

 ガスパチョはスペインの料理です。 

ボーノ!ガスパチョ

 美味しそうです。もしかしたら食べたことがあるような気がします。

 作り方は・・・・。

 こちらも・・・・私は初めて見ます。

 第一フランスパンは・・・小学校以来食べたことがない!

 田んぼを持つ百姓は常に「お米」でございます。

 

ドライトマトのオイル漬けをフランスパンにのせて

 

 上に載っているのはバジルですな。(これはわかります)

 作り方は・・・・こちら。

 静岡県護国神社へ行ってました。

 もちろん、ただ散歩に行ったわけではありません。

 こちらの遺品館に展示してあります、

 「歩兵第34連隊首山堡附近の戦闘について」

 という資料を昨日目にしましたので、本日拝見させていただこうと伺いました。

 こちらがこの季節の静岡県護国神社です。

 

静岡県護国神社.12.09.06.

 広々としています。

 昔、私の祖父の世代が健在の時は、8月の御霊祭に多くの方がここに集まっておりました。

 私は・・・・もちろん近づけません。何か近づきがたいものを感じておりました。 

 鰯とトマト?・・・・文字からは不思議な組み合わせと思いますが、写真を見ると納得します。

 美味しそうです!(食べればより納得できそうですが・・・・作ってくれる人がいない悲劇です)

 

鰯とトマトのオーブン焼き

 このトマトは・・・・やまひこの「ピュア・エンジェル」か?

 

 作り方は・・・・こちら。

 ボーノ!料理工房の鈴木さんからレシピを頂いて1ヶ月が経過してしまいました。

 遅くなりまして申しわけございません。

 私の同級生そのほかの方々より・・・・催促されておりました・・・OTZ。

 

 さて、気を取り直して紹介します。

やまひこのトマトとじゃがいもで作る冷たいポタージュスープ

 これはレストランのメニューで夏になると、ときどきみかけるビシソワーズという冷たいじゃがいものスープがあるのですが、その応用です。  
 
 ガスパチョとこのスープは我家の夏の定番です。
 
 これらのスープをレストランでだされるようにきどって食べるのもいいのですが、グラスにいれてのむ(??!!)と体がシャキーン!!とするような気分になります。
 
 とてもおいしいです。
 
 さて、作り方を紹介します。

 9月になりました。

 秋です。

 遅ればせながら秋作の準備を整えている所です。

 ふと見ると、オカワカメに蕾が付いています。

 こちらです。

オカワカメの蕾.12.09.02.

 逆光気味で失礼。

 花房とよんでいます。

 白く可愛い花が咲きます。

 今年は、6月の台風のおかげでひどい目に合いました。

 台風が通過するときは、想像通り同級生K君より電話がありました。

 翌日も電話がありました。今度は・・・・がっかり力ない声でした。

 私も同じようなもので・・・・と思いますが。(それでも見栄を張る私です)

 今回の眼目は淘汰、選別です。

 この地で良好な生育と高品質の果実が収穫できる可能性があるものを選別してきます。

 ・・・・、台風のおかげで分母が小さくなってしまった、・・・・・一部は来年にやり直します。

 

銀泉マクワウリの頭.12.08.23.

 こちらは生育良好の銀泉マクワウリの株から収穫したものです。

 味はそこそこです。(メロンに比べて)

 果実は大玉です。

 午前5時45分(公刊戦史より)、日章旗が首山堡南方高地にひるがえりました。

 まだ辺りは、薄く朝もやに包まれていました。

首山堡南方陣地より東方を望む.12.09.04.

 こちらの写真は、遼陽占領記念写真帳(博分館)より拝借しました。

 ほとんど身を隠すものがありません。木もほとんど生えていない、岩だけの禿山のようです。

 射撃の標的のようになりながら、この陣地に肉薄し白兵戦を行った静岡連隊第1大隊です。残存兵力は僅かに約70名。

 この時静岡連隊だけが敵陣に取り付き白兵戦を展開したのです。

 彼我の死体が累々として相交じり、悲壮な光景であったようです。

 熊はあきらめておりません。直に新鋭部隊を繰り出してきます。

 また、熊の咆哮です。「ウラー」、「ウラー」を連呼しながらの熊の突進です。

 

 首山堡一帯を守備している「西シベリア第1軍団」司令部の関心は、首山堡南方高地に引付けられました。

 作戦は成功しつつあります。

 K君曰、「自分で採種した種で作るスイカがいいんだよね!」

 

 まあ、それはそうですが・・・・・、K君は趣味の園芸ですから、私は実利がないと研究継続に赤信号がともってしまいます。(既に今年は幾つか赤信号が点りました・・・・涙)

 

 それはそれ、こちらが採種した種子です。

自家採種した大和クリーム2号の種子.12.09.02.

 果汁でべたべたになった種子をよく洗浄します。

 

 これをしっかりやらないと後でカビが生えてきます。(・・・・それでも発芽するスイカは強い!)

 

 アップにして見ます。

 8月31日に収穫した大和クリーム2号を試食兼採種を行います。

 今日は共同研究者(なんかえらそうないいかたです)の同級生K君が手伝いに来てくれましたので、ついでに行います。

 

 K君曰く「大きいのが採れたね」

 

 こちらです。

大和クリーム2号試食.12.09.02.

 食べ頃かどうかは・・・・正直、日付を書いてないのでなんともいえません。

 

 すが入っているのではないかと思いながら・・・包丁を入れます。入刀は珍しく私です。

 「今年はまくわうりの夏」と題しまして、マクワウリの増産に心がけてまいりました。

 台風の影響で収穫が大幅に遅れました・・・残念。

 

 それでも8月より収穫があり、短期間の販売となりました。

 秋作の都合上、圃場を片付ける為に販売を中止いたします。

 こちらは現在生育中の銀泉マクワウリです。

 

未熟の銀泉マクワウリ.12.09.02.

 こちらが熟してくるくらいで収穫終了します。

 ご利用のお客様、誠にありがとうございます。

 

 来年は、ノーネットメロンを主力に栽培を行っていきます。

 

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 スイカの季節 トラコミュ 

  在来品種・伝統品種 トラコミュ

 増井博士の記事に続いて、静岡連隊の奮戦記事が多くございました。

 8月6日は増井博士のご命日、8月31日は静岡連隊が首山堡へ攻撃をかけた、「首山堡祭」の日であります。(こちらは關谷銘次郎連隊長以下約500名の方のご命日であります)

 と言う訳で、記事が多くなりました。体も大変で・・・8月は記事の数も少なくなった月であります。(友人衆・・・OTZ)

 

 さて、採種用大和クリーム2号を収穫しました。(8月31日)

 ダンゴ虫と台風のおかげで生き残りが1株だけとなってしまい。付いた果実も僅かに1個となりました。

 同級生K君の大和クリーム2号は・・・・台風後立ち枯れました。ソフトボール3号球ほどの大きさの果実3個を採種用に取って置きました。(K君残念・・・。)

 

 こちらが私の大和クリーム2号です。

大和クリーム2号.12.08.31.

 重量約11kgです。

 昨年収穫されたK君の大和クリーム2号よりも3kg大きいです。(K君悔しがっております。(o ><)oモォォォォ~ッ!! )

 

 しかし、私の管理の失敗が克明に記されております。

 この時の状況は、第1堡塁を攻撃した時と同じ状況でした。

 掩体にこもるロシア兵に撃ちすくめられ、進むことが出来なくなりました。

 

 戦線にいた将校は、橘大隊長、片寄副官、中村第4中隊長代理、第3中隊中野中尉、第4中隊高瀬少尉の僅か5名。その他の将校はすべて死傷。

 勇敢な下士官の指揮により戦線を維持し、兵卒同士励ましあって退却を防止している・・・・惨めな状況でありました。

 

首山堡山頂.12.04.01.04.

 

 上の地図で、黄色で囲った部分が首山堡南方高地の山頂陣地です。周囲僅かに3、40mくらいの小拠点でありました。ここが首山堡で一番標高が高い位置にある陣地であります。

 左の青いまるで囲ったところは、静岡連隊第3大隊です。隣の高地におります。

 右の緑の丸の部分が、北大山です。こちらからも銃撃を受けていました。

 

 周囲のからの十字砲火の中、攻撃が停滞し・・・・完全に手詰まりの感がありました。

 

 その中で立ち上がった方が「中村昌」第4中隊長代理です。

 右手に軍刀、左手に拳銃を持ち、形相勇ましく突撃命令を下します。

 遂に第1堡塁を占拠します。

 公刊戦史では、午前5時20分です。

 下の絵は「図説 日露戦争」に収録されている当時の絵です。

第1塁に突撃する橘大隊長.11.12.08.

 もちろん想像図でありますが、なにか雰囲気が伝わってきます。

 橘大隊長に魅せられた第1大隊の将兵は奮戦します。

 

 白兵戦が不得意といえども、熊を相手に一歩も引きません。

 有史以来強兵と言われたことがない駿河人の白兵戦です。

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