普及雑誌 『遺伝』 発刊  昭和22年11月

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 財団法人 遺伝学研究所の設立と共に発刊が決定されておりました、普及雑誌『遺伝』の創刊号です。現在も刊行されております。


 写真が記念すべき第1巻のコピーです。(本物は農獣医学部附属図書館蔵です。)

雑誌「遺伝」

 

 増井清博士が「遺伝」の刊行にあたって、と寄稿されております。ちょっと長いですが紹介します。
 一部コピーミスでかすれて読めない部分がありますがそこは飛ばします。今、また藤沢の農獣医学部図書館まで行く暇がないので・・・・。

 

 この記事は平成23年11月6日に作成しました。

目次です。

雑誌「遺伝」 目次

 

 さて、増井博士の文章です。


 「遺伝」の刊行にあたって
             増井清
 

 敗戦によって日本は狭小な国土に過剰な人口を収容しなければならなくなった。この狭い国土から生産される食糧でこの人口を養いえられないことは判り切ったことで今更食糧などと騒ぐのもおかしな話である。又一方には食糧危機は永続的なものでなくてやがて来る農村恐慌に備えなくてはならないと言う声も聞こえて来る。日本の将来にとって食糧と人口とは誠に重大な問題であることは今更私が言うまでもないことである。特に食糧問題は今日明日に差し迫った問題で一刻も忽せにならない。米作は昨今天候に恵まれて豊作の声が高かったので楽観的の見方をする人も少なくなかったが本年度既に危機に見舞われている。このままではいかに豊作でも食糧は相当量不足することは明らかである。


 
 食糧対策として取上げられているのは増産、輸入、供出配給の合理化などである。増産には未開墾農地の開発、肥料の増産に力を入れている。これらはもちろん必要な事であるがこれだけで十分な増産が期待できるだろうか。不足量を輸入すれば完全に危機は救われるであろうが現在世界的に穀類が不足している時に充分な量が輸入できるだろうか。たとえ輸入できたとしても、現在日本の産業で見返り物資の生産が可能であろうか。食糧危機の解決はもはや政策や計算だけではどうにもならない。食糧の絶対量の増産、しかも将来の農村恐慌に供えできるだけ安価に増産することである。


 
 これには農村技術も大切である。肥料の増産も絶対要件であるが遺伝学の応用による品種改良こそ解決の鍵であろう。現今稲、麦、イモ類の増産は昔想像もできなかったほどの増収を見つつある。稲では冷害に強い陸羽132号が作出されて東北地方の冷害問題はある程度解決された。食糧も肥料も今後品種改良によって飛躍的増産が期待できる。

( ※・・陸羽132号は、寺尾博博士が大正10年作出された水稲品種です。日本で初めて純系淘汰法により、親品種の遺伝的純系度を高め交配作出された品種です。
 冷害に強く市場性がある食味を持ち、当時の農林大臣より冷害の危機を救った優良品種として賞賛の言葉を頂いたそうです。)
 
 その寺尾博士が貴族院本会議で質問されたのも当然の人選でしょう。


 増井博士の文は続きます。


 食糧危機は穀類、イモ類の増産だけでは解決できない。畜産の振興も又同様に大切である。従来日本の家畜改良は全く欧米の模倣であって年々多数の優良品種を輸入して日本在来種を改良してきた。今日外国から種畜の輸入が途絶の為に改良は全く行詰ってしまった。のみならず従来の遺伝学を考慮しない単なる外国の模倣は日本固有品種の達成どころか純系種の系統保持さえもできないで再び種畜輸入の声さえ聞こえている。今後家畜の改良は遺伝学の応用によって日本に適応した新品種や特殊な系統の育成が最大の急務である。

 食糧問題は1日を争う緊急問題であるが人口問題と連関して将来の策を立てない時は食糧不安は永久につきまとって来るであろう。又日本が将来世界の文化人類の幸福の為に貢献せんとするには知能・体格及び道義心を向上せしめて優秀民族に発展せしめて行かなければならない。  ・・・3行判読不明・・・・。  日本では人口問題は従来主として経済的見地から経済学者によって研究されてきたが将来は優生学の基礎を置き遺伝学的に取扱わるべき重要問題である。

 しかし遺伝学の発達は基礎的研究にある。確固たる基礎においてのみ偉大な応用も生まれてくるのである。現代の遺伝学はメンデルの法則の再発見に始まり僅かに50年足らずこの目覚しい進歩を遂げたのである。過去40数年間に動植物において全く批判の余地もなく遺伝の本源は遺伝子(ジーン)であることの事実が明らかにされ、その所在が証明され、今やその本質を捕えんとして、世界の学者は研究を集中している。

 日本の遺伝学研究施設は甚だ貧弱である。全国の大学に僅かに2講座があるのみでそれも完全なものでない。それ故に遺伝学研究所の設立はつとに遺伝学会によって要望されていたが本年しばらく財団法人遺伝学研究所の設立を見たことは誠に慶賀すべきで更に1歩を進めて基礎の強固な国立研究所の設立を切望するものである。もし遺伝学研究所が既に設立されていたならば現下の食糧危機において又文化国家再建においていかに役立ったかと痛惜の感に耐えない。

 こんな貧弱な研究施設にも拘らず日本の遺伝学は他の科学に比べて比較的高い水準により遺伝学各分野において多くの優秀な研究が完成された。従って欧米の学会において日本の遺伝学の進歩は高く評価されている。これは主として先輩諸先生の先見の明と御努力によるものである。併しこの進歩に対して見逃すことのできないのは日本遺伝学会の功績である。日本の研究者は門戸を閉鎖し協力的な態度がないと非難されているが、遺伝学会にはかかる傾向は微塵だもなく、遺伝学を中心として各分野の学者が互に協力してその発達の為に努力して来たことは誇りとするに足るのである。

 日本において理論的にも応用上から見ても価値ある研究業績は少なくないにも拘らず、之があまり知られていないのみならず、応用されていないことは遺憾である。これは遺伝学がいまだ一般に普及されていないからであろう。すべて学術の進歩は単に研究者の努力のみによっては達成できるものではない。為政者及び一般人の深い理解と援助をまたなければならない。それによって偉大な研究が生まれ又応用化が完成されるのである。遺伝は直接子孫に影響し又作物や家畜においては遺伝現象は常に観察できるから一般の人々は遺伝学に対して興味と関心とを持っているにもかかわらずその知識は甚だ低く知識階級においても現在尚テレゴニーが信ぜられている有様である。


 これに日本遺伝学会は従来の方針や事業を更に進めて遺伝学知識の普及と向上とを目指して本誌「遺伝」を刊行して基礎の培養に乗り出したのである。幸いにして北隆館主福田良太郎氏がこの困難な時期にも拘らず本誌の発行を快諾されたのである。我々同士はこの困難な事業を完遂して日本の現状救済に役立たせると共に将来の文化建設の為に努力しなければならないことを痛感するのである。


                        -東大教授獣医学博士ー


 以上です。

 

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このページは、yamahiko-farmが2012年3月17日 17:18に書いたブログ記事です。

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