増井・佐々木両博士の三島講演会 昭和21年9月16日

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 国立遺伝学研究所候補地の視察から数週間後、日本遺伝学会 静岡大会の2ヶ月前。

 昭和21年9月16日、増井清博士と佐々木清綱博士は三島市において畜産関係の講演会を行いました。この講演会がきっかけとなり、養賢堂の『畜産の研究』が発刊される事となりました。


 畜産の研究は昭和22年発刊されました。第1巻には佐々木博士の三島での講演記録であります、「日本の畜産とその将来」が掲載されております。

 増井博士の記事は「家畜を中心とする性の問題」です。この記事は5回に渡って掲載されておりますから、おそらく講演の内容とはちょっと関係ないのかもしれませんが。(内容がかなり難解です。農家を前にして話すには・・・。なのでおそらく鶏の育種についてお話されたと思います)

 性の研究(間性について)は増井博士が専門にされている分野です。日本農学会賞を受賞した研究が鶏の間性です。

 この時増井博士は、日本畜産学会の会長もされています。遺伝研候補地の三島の農家に少しでも遺伝研の必要性を肌で理解してもらおうと企画された講演会ではないでしょうか。

 

 この記事は平成23年11月4日に作成しました。

 増井博士と共に講演された佐々木博士は、初生雛鑑別の研究で名をあげられた橋本重郎博士と同級生です。

 当時の東大畜産学教室で、佐々木、橋本、芝田清吾の3氏が先輩を抜いて博士号を取得し「駒場の3羽ガラス」と言われたそうです。

 気になる話が1つ。佐々木博士の寄稿「畜産学徒50年の思い出」より
 
 当時は、いろいろと思わぬ批判もうけたもので、われわれ3人は(注、上記の佐々木・橋本・芝田の3博士)獣医学者と協力して研究を進めていたことから、畜産畑の人たちからは異端者だと悪評されたこともある。当時は一部に「農学畜産」とか「獣医畜産」などという人もあって、今の若い人たちには想像もできないような障害もあった。私どもは、そんな嵐の中で育ってきたのであるが、こういう点から見ると、今の若い畜産研究者たちは幸福だと思う。しかしそれがまた、当然のあるべき姿だといわねばならない。

 増井博士は獣医学博士です。そして畜産の産業に関する分野で活躍されていた方ですから・・・口にできないご苦労があったのでしょう。

 遺伝研候補地の農家との対話はこの後約3年続きます。

 この講演会がおそらく最初の話であると思います。増井博士のお話の内容は分かりません。

 

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このページは、yamahiko-farmが2012年3月17日 16:51に書いたブログ記事です。

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